(文・立田栞那/スロウ80号掲載/北のものづくり人)
羊のまち、士別で生まれた「サフォークレザー」。それは、フーズルームの藤崎浩一さんの熱い思い、そしてその思いに共感した士別の人々の努力が詰まった結晶のようなアイテムです。
その物語は、藤崎さんがあるとき抱いた素朴な疑問から始まりました。「元々ジンギスカンが好きでよく食べていたんですが、ふと革のことが気になって。牛や馬の革はレザー製品として活用されているけれど、羊はどうなんだろうと。レザー専門店を営んできましたがほとんど出合ったことがなかったし、調べてみても今ひとつ掴めない。どうやら多くが廃棄されているようだと知ってから、居てもたってもいられなくなってしまって」。手がかりはほとんどありませんでしたが、「羊のことなら士別が良いよ」という知人のアドバイスを頼りに、まずは士別市役所へ連絡をとってみることに。「誰に連絡をとったら良いかわからなかったのですが、まずは大きなところへ。市役所の人に聞けば、何か進むんじゃないかと考えました」。
そのとき窓口となったのが、士別市役所の経済部。羊肉や羊毛を使った製品は特産品になっていたものの、羊皮を使ったものはなかったことから、「新たな特産品開発につながるなら」と、藤崎さんの相談に応じることになりました。
「正直なところ、本当に商品化まで辿り着けるのだろうかという不安もありました」というメンバーの言葉に、その場にいた全員が頷きます。というのも、そもそもサフォークとは、良質な肉用種として有名な羊。これまで士別で生産されてきたサフォークも基本的には羊肉として出荷され、原皮のほとんどが廃棄されてきたのです。言わば「捨てられる部分」だったものが本当に特産品になるのだろうかと、疑問を抱いてしまうのも不思議なことではありません。
さらに言えば、羊革の加工に関する事例は決して多いとは言えず、成功する保証もない。事業者である藤崎さんは札幌を拠点に活動していて、士別に縁があったわけではない。そうした状況を踏まえても、士別チームが行動に踏み切れたのはどうしてなのでしょう。
写真上/サフォークレザーの製造に関わったメンバーの皆さん。写真右から、士別市役所の久光徹さん、羊と雲の丘観光株式会社牧場長の鈴木啓太さん、フーズルームの藤崎浩一さん、玲奈さん、士別市役所の市橋信明さん、ほかにもたくさんの人の支えがありました。
「もちろん特産品を生み出したいという思いはありましたが、藤崎さんが『こういうことがやりたい』と説明してくれる言葉に情熱があったし、私たちの心にすっと入ってきたんです。今思えば、そこに動かされた部分も大きかったかもしれません」と話すのは、士別市役所の久光さん。前任の担当者と共に、藤崎さんの活動を支えてきたメンバーの一人です。こうして、市役所職員、羊と雲の丘観光株式会社の栗城昌弘社長や同農場のスタッフ、ほかにも多くの士別の人たちの協力を得て、2016年頃、プロジェクトはスタートしました。
士別チームは、と畜場で原皮を回収し、関西のタンナーへの発送するなど現地での作業をサポート。材料の確保というものづくりにおいて基盤となる部分です。決して楽な作業ではありませんが、農場長の鈴木啓太さんをはじめ、誰一人ネガティブな言葉を口にしません。「僕たちは普段札幌で店をやりながら、タイミングを見ては士別に通うような生活で。小まめに連絡を取り合っていても、たとえば原皮の重さとか匂いとか、現地でしかわからない苦労も大きかったはず。あらゆる意味で、士別の皆さんの協力がなくてはまったく成り立たなかった。本当にありがたいことです」と、藤崎さんは何度も感謝の言葉を繰り返します。
写真上/サフォークレザー。繊細な素材ゆえ、場所によっては細かい傷や穴が多く見られます。傷や穴が少ない比較的丈夫な部分を選定し、製品化しています。
タンナーのもとで鞣された革をもとに、製品としての試作を繰り替える作業は藤崎さんが担当。牛や馬などに比べて体が小さいことや革自体も繊細で傷がつきやすく破れやすいという特徴があり、一枚の革を確保するのにも苦労したそう。それでもなんとか試作を続け、まずは形にするまでに一年、それから試作品が出来上がる度にメンバーの声を聞き、改良を重ね、製品化に漕ぎつけるまでにもう一年。サフォークレザーと銘打って販売できるようになったのは、2018年のこと。それから少しずつ商品ラインアップを増やし続け、「クオリティも着実に上がっています」と士別チームも太鼓判。作り手である藤崎さんは、「皆さんのおかげなので」とどこまでも控えめですが、うれしそうな表情を浮かべていました。
商品のラインアップは、がま口などの小物が中心。いずれの商品にも、羊をモチーフにしたロゴマークがしっかりと刻印されています。一般的な革製品に比べると厚みは薄め、手に吸い付くようなしっとりとした触り心地と柔らかさが特徴です。前述したように、羊革はとても繊細。シボの出方、血筋などの個体差も大きな素材です。今回の通信販売でご紹介する商品にも個体差がありますが、そうした違いも羊一頭ごとの個性と捉えて長く愛用いただければ幸いです。
ちなみに現在、サフォークレザーとして加工できている原皮の量は、農場での全体飼育頭数の3分の1程度。今はまだ革の確保に課題がありますが、今後はできるだけ多くの原皮を製品に変えていきたいというのがプロジェクトメンバーの思いです。そしてそこから、「士別=羊」のイメージが広く浸透し、士別に足を運んでもらうきっかけになったなら。羊を育てる環境をより良いものにしていけたなら。そんな、羊を中心とした循環が生まれていく未来を全員が願っています。
「これはもう、僕の作品ではない。今もこれからも、みんなで作ったものなんです」とは、藤崎さんの言葉。個人としての思いから始まった、サフォークレザーの物語。士別への思いを持った人々によって紡がれてきたこの物語が、一人でも多くの人に届きますように。