■消費社会に問題提起する、箒
(文・片山静香/スロウ78号掲載)
大量生産と大量消費は、どちらが先に始まったことなのでしょう。物があふれているから人は消費に向かわされるのか、それともその逆か。箒職人の吉田慎司さんの話を聞きながら、そんなことを考えていました。
吉田さんが作っているのは、神奈川県愛川町の中津地区(旧中津村)で150年ほど前から伝えられてきた技術をもとに、現代の暮らしにも合うようにアレンジされた箒、「中津箒」です。吉田さんは中津箒を製造・販売する株式会社まちづくり山上につくり手として所属し、箒づくりを生業としています。
東京で生まれ、「物心ついたときからお隣さんの顔も名前も知らない環境」で育った吉田さん。2011年の東日本大震災を契機に暮らしを見直した人は多いけれど、吉田さんの場合はそれより前から。大学に入る以前から東京での生活に疑問を感じ始めていたといいます。人口が過密で、暮らしに必要なものはほぼ自給されず、あらゆるものが石油を使って遠くから運ばれてくるような環境が、果たして長期的に考えて合理的と言えるのか。加えて、何かを買うことはどこかの誰かからの搾取につながっているのではないかという不安もあったそうです。
そんな中で吉田さんが見つけた道が、箒づくりでした。武蔵野美術大学に在学中、学内の民俗資料室に通い詰めていた吉田さんは、箒をテーマにした展覧会で後の師匠となる柳川芳弘さんに出会います。芳弘さんの箒は、実用面で優れているだけでなくデザイン性もすばらしく、とても美しいものでした。芳弘さんの技術を何とかして後世に残さなくてはならない。その思いに加え、民俗学に浸ってきた吉田さんにとっては、長年の歴史を経て暮らしの道具として現在の姿を獲得してきた「箒」という存在自体も関心の対象であったし、材料がすべて身近な植物で賄われているということも魅力的に感じられました。
■自然豊かな塩谷地区で、つくる
芳弘さんの下で修業した吉田さんが中津箒の作り手として活動し始めたのは2007年頃。当時世の中(特に首都圏)は「クラフトブーム」の真っ只中でした。大きなクラフトフェアには数万人の人出があり、吉田さんが作った箒も飛ぶように売れたそう。しかしそこでまた、不安に駆られる吉田さんがいました。「たくさん作ってたくさん売って! を続けていくことは、僕にはできないと思ったんですよね」。
ブームが過ぎ去ったときに、自分は何を生み出していけるだろうか。考え続けた吉田さんが出した答が、「まずは自身の暮らしを豊かで『嘘がない状態』にすること」でした。2016年、東京で出会った妻の茜さんの故郷である札幌へ家族で移住。その4年後には、小樽市塩谷地区にある現在の場所に自宅兼工房を構えました。「妻は元々いつか北海道に戻ると言っていましたし、僕も東京での暮らしが嫌で抜け出したかった。札幌の頃も楽しく暮らしていましたが、自然豊かで歴史もある小樽、中でも塩谷が魅力的だったのでこちらに来ました」。
■暮らしそのものが表現方法
自宅兼工房の建物は「土地を買ったら付いてきた」という大きな3階建ての古民家。地域の名士の邸宅だったそうで、家具や昔の生活道具などもそのままに残されていたそう。「何年も空き家だったのでいろいろダメになっていて。でも、ガス工事以外は自分の手で直しました。雪が多くて寒いから、冬に備えて居住スペースの断熱はドイツ並みに厳重にしました」。暖房には薪ストーブを採用、薪は近くの林から調達しています。「石油を買うことはほとんどありません。燃やせるゴミはストーブで燃やし、バイオトイレも使っているので、袋に入れて出すゴミは少なく済んでいます」。
そんな吉田さんの、DIYが詰まった家。建物の1階部分は、「がたんごとん」の屋号で店舗として使っています。玄関を入って右手の元リビングがカフェスペースになっていて、左手の一部屋には詩歌の本が所狭しと並んでいます。そしてその部屋の奥へ続く廊下の向こうが、吉田さんの作業場と、民芸品が並ぶギャラリースペース。北海道の住宅としては珍しく縁側が備わっており、そこが吉田さんの箒づくりの定位置となっています。
■嘘のない生き方をしたいから
「暖かいから」と敷いた1畳分の畳の上に座り、箒と同様に自然素材でできたカゴやザルに囲まれながら作業をする吉田さん。世の中について思うさまざまなことを話してくれる一方で、箒を作る手は一切止まることはありません。1時間ほど話をするうちに、みるみる仕上がったのは、2本の小さな箒。どうしてか、初めて吉田さんの作品を見たときよりもずっとずっと素敵に見えました。それはきっと、吉田さんの暮らしぶりや、日々に込める思いに触れたからなのでしょう。こんなふうに吉田さんは、各地のクラフトフェアで出会ったお客さんに対しても、丁寧に話をしたり、工房を見学してもらったりしているのだそう。
「小樽で暮らし始めてから、自慢ばっかりしている気がします」と笑う吉田さん。人ごみや喧噪とは無縁、周囲には野山が広がり、暖を取るのに十分な薪があり、おいしい野菜や果実を作ってくれる農家があり、新鮮な魚をお裾分けしてくれる釣り好きのご近所さんがいて…。「暮らしの大切なものが揃っています」。そして「こうして暮らしているのは、もちろん単純に自分が楽しいからでもありますが、今後の社会の在り方に対して、何か変えたいと思っているからでもあります」とも話してくれました。「箒で世界を救えるとは思っていないけれど、何をやっても誰かが傷ついているんじゃないかという悩みに対して、『後ろめたさのない仕事・暮らしをしたい』と思っています」。いくら昔の道具を「すばらしい」とアピールしても、地球環境の未来を憂いても、それを主張する自分自身の毎日が豊かでなければ、共感したり後に続くのは難しいでしょう。その点、吉田さんの暮らしぶりは実に楽しそうで、素朴なのにキラキラとして見えます。
■これで十分の中津箒
「箒は、完全に植物だけでできています。ホウキモロコシと、綿の糸を草木染したものがあれば作れる。自然素材だけなのにこんなに丈夫でずっと使える」。草木で編んだカゴや藁細工、そして陶器も同様です。「『これ(自然素材)で済むんだから、もうこれだけで良いんじゃない?』って、よく思うんです。うちでは自家製酵母のパンも作るんですが、それも、粉と水と塩だけでとってもおいしく焼きあがる。もちろん人それぞれの部分はあるけれど、自分にとってはもうこれだけで十分だなって思えるんですよ」。
これで済むなら、これだけで十分。
吉田さんの箒には、消費社会の行く末に対する、前向きな答の一片が込められているように感じられます。
■吉田 慎司さん(小樽市)
東京出身。武蔵野美術大学彫刻学科卒業。2007年より箒づくりを開始、まちづくり山上の社員として小樽を拠点に活動しています。箒の材料となるホウキモロコシはすべて農薬不使用で自社生産されています。優しい色味の糸は、藍や山葡萄、ホウキモロコシの種などを使って染め上げられたものです。イベントの際には実演やワークショップを行うこともあります。
■商品詳細
吉田さんが作る中津箒の中でも、毎日の暮らしに取り入れやすい、小ぶりの箒。ななめ小箒〈小〉は隅や角など細かなところのお掃除にもおすすめです。
糸の色はお選びいただけますが、各色数量限定なのでお早めに。
商品サイズ:長さ(紐は含まず)約12×幅(一番広い部分)約9cm
商品色:藍(青)/山葡萄枝の皮(グレー)/ホウキモロコシ種(ピンク)
備考:
※手づくり品のため、掲載写真とは大きさや風合いが異なる場合があります。
※経年変化での草および糸色の自然退色があります。日光や、空調の風が直接当たる場所などでは退色が早まりますのでご注意ください。退色によって草の性質が変わるものではなく、ご使用には問題ありません。
別ページではほかのサイズもお取り扱いしています。
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筒形小箒
・
ななめ小箒(中)
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