(文・立田栞那/スロウ74号掲載)
ジャケットのポケットにすっと収まるスリムな形と、必要最低限の機能のみ残したシンプルなつくり。そんな潔い革財布の作り手は、NAIの星川貴嗣さん。「無駄な部分が一切“ない”シンプルなものを作りたい」という思いのもと、NAIという屋号を掲げ、ものづくりに勤しんでいます。
星川さんが作る革財布の特徴は、何といってもそのシンプルさでしょう。とにかく薄くて軽く、開口部はジッパーではなくマグネットが内蔵されており、開け閉めする際の動作もスムーズ。外側にも内側にもロゴなどの表記はなく、表面の端に「005」という数字がさりげなく印字されているのみ。ちなみにこれは、星川さんが「エゾシカ革を使うシリーズは5の数字、イタリアの革のシリーズは0の数字を入れる」と決めて番号を振っているもの。文字ではなく数字にすることで、よりシンプルな雰囲気に。ここまで「必要最低限」という言葉が似合う革財布には、なかなか出合えないでしょう。
長財布とコインケースを別々に展開しているのは、「必要なときに、必要なものだけ持ち運べるように」という考えがあってのこと。「休日に散歩へ出かけるときは、コインケースで身軽に。平日に仕事へ向かうときは、きちんと長財布を。機能性が良い=生活におけるさまざまなシーンにしっかり寄り添えるということだと思っているので、シチュエーションごとに商品展開しています。そして、それぞれどういうシーンで使うのかをとことん考えて、必要な要素を突き詰めていく。そうやって、心地良く使ってもらえるものを作っていきたいです」。
たとえばコインケースを作る際は、コインの取り出やすさ、手に持ったときの馴染み方、ポケットに入れたときのボリューム感、さらには革の耐久性などを考慮し、微調整しながら何度も試作を繰り返して完成したもの。すべての要素に理由があり、「なんとなく」という部分がひとつもない。それが、星川さんのものづくりです。
作品から受ける印象とはまた異なる、朗らかな雰囲気を纏う星川さん。柔らかな口調でニコニコと楽しそうに、ものづくりへの思いを語ってくれます。実は、2022年の夏に札幌から池田町へ移住したばかり移住の背景には、十勝に暮らす作り手たちとの出会いがありました。
札幌で生まれ育ち、若い頃から音楽やファッションが大好きだった星川さん。20代の頃、当時よく通っていたライブハウスで革のジャケットや革小物の魅力に触れるように。ライブハウスの近くにあった革工房に遊びに通い始めて、ものづくりの楽しさも覚えていきました。その革工房で雇ってもらえることになり、そこで職人として働きながら5年間、技術を学びました。やがて個人でもオーダーの相談を受けるようになり、2013年に独立。33歳のときのことです。
それから7年が経った、2020年頃。元々つながりのあったヒューデヒムレンの小野寺智美さんが芽室町で開催したイベントに足を運んだ星川さん。その足で、兼ねてから存在が気になっていたというエゾレザーワークスの長谷耕平さんのもとを訪ねます。池田町でハンターとして活動し、エゾシカ革の活用までを手がける人です。すぐに長谷さんからエゾシカ革を購入し、エプロンや財布を作ったそう。その仕上がりを長谷さんもとても気に入れたのを機に、2人は協力してものづくりをするようになりました。
小野寺さんや長谷さんとのつながりを通して地域との縁も深まっていく中、星川さんの妻が池田町の地域おこし協力隊に着任することに。こうして、星川さんは池田町へとやって来ました。
「20年近く革を扱ってきたけれど、ハンターから革をもらって作品を作るという経験はしたことがなかった。池田に来てから猟にも同行させてもらって、命の恵みを分けてもらっているという感覚や感謝の思いがすごく強くなりました。革に触れると、目の前で生きていたエゾシカの顔や表情が浮かぶんです。絶対に無駄にしちゃいけないなと思うし、材料に使えないような小さな破片も捨てられません」。傷や銃痕もそのままに、エゾシカが生きていた証として作品に活かします。「無駄のないデザイン」から始まったNAIのコンセプト。エゾシカを身近に感じる暮らしの中で、「無駄にしたくない」というもうひとつの意味も加わりました。
写真上/エゾシカ革を使った商品にはそれぞれ、捕獲日時や場所、年齢などの情報が読み取れるQRコードが添えられます。
「十勝に来て、どんどん横のつながりが広がっていて。人口でいえば札幌のほうが圧倒的に多いのに、十勝に来てからのほうが、人と出会いやすくなった気がするんです。不思議ですよね」。そんな出会いの中で、やりたいことも具体的に見えてきました。「今は自宅の一画を作業スペースにしていますが、ゆくゆくはギャラリー兼工房をつくりたい。もう少し落ち着いたら、場所探しを始めるつもりです。それから、いつか僕も狩猟免許をとって、猟をして、革をなめし、作品にするまですべてを一貫してできるようになりたいと思っています」。
写真上/銃痕をそのまま活かした財布。表面の傷なども、エゾシカが生きていた証の一つとして大切に残します。
シンプルなデザインの中に、十勝の風土と作り手の思いが感じられるエゾシカ革の財布。使い込むごとにツヤが出て、色味は深く、手触りもしなやかになっていきます。そんな経年変化も楽しみながら、長く大切にお使いください。