歌才ブナ林の原生林-2
出発前、ブナ林入口の道路向かいにある公園でブナの種を集めた。それを植えながら、原生林の入り口を目指していく。「人が入ることで、どうしても森に負荷をかけてしまいます。だから、こうやって種を蒔くことで、少しでも負荷が軽減されればと思って」。ブナの種は小指の爪ほどの大きさで、自然界ではリスや鳥などの小動物によって運ばれる。ブナの種はブナの木の下で芽生えても死んでしまうので、こうした小動物の働きはとても大きい。地面に落ちた枯葉をかき分け、軽く土を掘って種を植える。気分はまるで、せっせと冬の食料を貯めるリスのようだ。
その後植樹されたトドマツの林を抜け、齋藤さんおすすめのブナウォッチングスポットに立ち寄りながら、いよいよ原生林に入って行く。ここから先は、一切の動植物の採集が禁止されている。もちろん、公園で拾った種を植えるのも厳禁だ。
金茶色に輝くブナの森。立ち止まって頭上を見上げれば、重なり合った葉の間から陽の光が透けて見えていた。一本一本の木が、これまで歩いてきた場所に生えていたものより、ずっと太くてどっしりとしている。威厳すら感じられる雰囲気なのだけれど、どこか温かく受け入れられているような。ゆっくりと森の空気を吸って、静かに吐き出した。
「それぞれの木が、自分の居場所を確立してのびのびとしているでしょう」。歩きながらブナの木を見上げて、齋藤さんが言う。ゆるりと細められた眼差しは、とても優しい。「太陽を追いかけながら」ブナの森を一日中歩いて回ることもあるという齋藤さんだが、何度訪れてもブナの美しさがくれる感動は色あせない。むしろ何度も通うことによって、「木の持つ個性が分かっておもしろい」のだと話してくれた。このツアーを誰よりも楽しんでいるのは、もしかしたら齋藤さん自身かもしれない。
参加者の中にも、何度もツアーに参加しているという人が数名いた。同じ季節でも、来るたびに色も雰囲気も違うのだという。小樽市から来たという男性は、「木って、抱きつきたくなりませんか?」と言って、そばにあったブナの木にぎゅっと抱きついた。「ブナって気持ちが良いんですよ。お母さんに抱かれているみたいでね」。
そう聞いて、私もそっと木に頬をくっつけてみた。すべすべとした木肌はひんやりとしていた。樹齢数百年は超えているだろう、手を伸ばしても幹に手が回らない。この場所で、ずっとずっと長い時間を過ごしてきた木だ。もしかしたら、戦争のときに伐られてしまっていたかもしれない木だ。ここで、この木に出会えたことが、とても幸せなことに思えてくる。「きれいだなあ」と、思わず声に出して呟いていた。地球の歴史はなかなか実感できなくても、今抱きしめている木が生きてきた時間の一部を共有できたことが、たまらなく嬉しかった。―つづくー(「スロウ vol.39」2014年春号掲載 取材・文/家入明日美)
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