北の大地の水族館-1
「あの魚、おいしそう」。水族館の魚を見て、そんな思いに駆られたことはないだろうか。北の大地の水族館は、イトウがニジマスを食べる「いただきますライブ」などの展示を通じて、私たち人間が「魚をいただく」とはどういうことなのかを間接的に伝えようと試みている、珍しいコンセプトの水族館だ。
今号で魚を特集することになり、企画を考えていく中で、ふと気づいたことがある。それは、「特集内容が、魚を食べることに寄っている」ということだ。なぜ、「食べること」に自然と意識が向かうのだろうか。私たち編集部みんなが、食いしん坊だから?
この疑問を解決しようと、北の大地の水族館の本『いただきますの水族館(瀬戸内人出版)』を読み、気になる言葉と出合った。「もっとも大切な生物の情報は、『いただきます』の中にある」。この言葉の意味するところを、若き館長の山内創さんに問いかけてみた。
「たとえば、サケは元々は白身魚だということを知っていますか」と、道民にとって身近なサケを例に山内さんは話し始めた。サケは、海で甲殻類などの餌を食べることによって、身が赤くなるそうだ。しかし、川に遡上してきたサケの身は、赤みがほとんどない。身はほんのりピンク色で、あまりおいしくはないらしい。一方、北海道の近海で獲れた遡上前のサケは、赤くて脂が乗っていておいしい。これから川に帰るためにたくさんの栄養を蓄えているからだ。同じサケでも、アラスカに帰るサケはもっと険しく長い道のりを帰らなければならないから、もっと赤く、もっと脂が乗っている。
同じ名前の魚であっても、獲れる地域によって色が違ったり、味が変わってきたりする。つまり、魚を食べることによって、「その魚がどういう場所で生きてきたのか、その生き様を知ることができる」のだ。
食卓に並んだサケを見て、どんな餌を食べ、どんな場所で釣られてここまで来たのか、想像しながら食べたことが今まであっただろうか。気にしていたのは、魚の味くらいだった。そんな事を反省していると、「食べることから始まるんですよ」と、山内さんが優しく教えてくれる。「おいしいとか、おいしくないとか、そういうことでいいんです。魚をいただくことは、人が魚とのつながりを考える上で一番身近なことだから。そこから魚に対して、何かしらの興味を持ってもらえれば」。魚をいただくことは、自分の体内に魚を取り込むこと。その行為を「身近さ」と表現する山内さん。そこに私たちの企画が「食べる」に寄っていた答があるのではないだろうか。山内さんの話を通じて、そのように感じた。
北の大地の水族館では、魚を食べることを通じて、魚のことを考える人を増やそうと、ユニークなイベントを行っている。たとえば、「きれいにいただきますコンテスト」。イトウの餌として与えているものと同じニジマスを参加者に食べてもらい、誰が一番早くきれいに食べられるかを競う。「魚をきれいに食べる人が増えてほしい」。イベントにはそんなメッセージも込められているという。そしてさらに面白いのは、「道東さかなLOUNGE」。水族館をラウンジに見立て、水槽の照明を変え、オホーツクの海産物を食べながら寛げる、ちょっと変わったナイトイベントだ。「いただきますの水族館」を体現したこれらの取り組みを通して、水族館が最終的に目指していること。それは、「イトウなどの絶滅危惧種を救うような空気感が、利用者の間で自然と出来上がっていくこと」だそうだ。
身近な魚たちの現状に、目を向けてもらえるような流れを作り出していくことが、最終的な目標。ただ、館内を見る限り、絶滅の危機にあるなどのネガティヴな一面にはあまり触れられていないことに気がついた。「なるべく、楽しく見てもらいたいから」と山内さん。ーつづくー(取材・文/石田まき 撮影/菅原正嗣)
■北の大地の水族館-1
■北の大地の水族館-2