2018 Oct
18

北のアルプ美術館-1

歌い継がれる自然賛歌

斜里町の住宅街の一画に佇む「北のアルプ美術館」。独特な色合いの板壁に、6本の煉瓦の煙突がアクセントになった造りが、どこかヨーロッパあたりの古い建築物を思わせる。西側の敷地には、白樺林がまるで風雪や日差しから美術館を護るようにして高く枝を伸ばしている。自然林のようにも見えるが、これは創設者であり、館長を務める山崎猛さんが、美術館の開館に当たり植樹したものだそうだ。美術館の館内は8室の展示スペースに分けられ、それぞれに全300号のアルプをはじめ、書き手たちの直筆原稿や原画、写真などの貴重な資料が収められている。「自然に溶け込むようにこだわった外観が、アルプの雰囲気に合うって言われて」と、顔をほころばせる山崎さんは現在69歳。その奥深い眼差しでアルプの中に何を見出し、この美術館を通して何を語るのか。事業家、写真家の顔も持つ山崎さんに話を聞いた。

 アルプは、昭和33年、東京の「創文社」が創刊した月刊誌。哲学者や詩人、写真家、版画家など個性豊かな執筆陣が綴る自然や山への思いを、上質の紙に山河の版画という味わい深いテイストの表紙で包んだ、独特な存在感を放つ文芸誌であった。高度経済成長が登山の大衆化に拍車をかける中で生まれた山の雑誌は他にもあったが、登攀記録や登山用具の紹介、コース案内などの実用記事を全て排し、広告も載せないアルプは、まったく異色の存在。A5版、平均70頁の中に、詩や随想、そして絵画やモノクロ写真など山への思索に満ちた作品ばかりを収めたそのスタイルを25年間、揺らぐことなくまっすぐに貫き通した。山を愛する熟年世代の多くが、今もアルプを懐かしみ、「美しく、気高い雑誌」と称する理由がそこにある。

 執筆陣には、責任編集を務めた哲学者の串田孫一の他、詩人の尾崎喜八、版画家の畦地梅太郎、日本100名山を著した深田久弥など、山を愛した作家や芸術家が名を連ね、投稿者も含めるとその数は600名を超えた。ちなみに北海道からは画家の坂本直行や詩人、更科源蔵らが参加している。

山崎さんが初めてアルプを手にしたのは、今から50年前、当時住み込みで働いていた斜里町の小さな書店でのことだった。生まれついての読書の虫で、道南の乙部町で生まれ育った山崎さんが、縁もゆかりもないこの町で暮らすことになったのも、本好きが高じてのことだった。「中学校を卒業し15歳で就職先を決める際、ほとんどの生徒は炭鉱を選ぶんですけど、僕は本屋を希望したんです。家が貧しかった僕にとって、本を読むことは一番の贅沢でしたから」。早朝から夜遅くまでの勤務に加え、正月以外に休みがない慌しい毎日の唯一の楽しみは、やはり読書だった。やがて、成人を迎えた山崎さんはアルプ創刊号を手に取り、「本」について抱いていたそれまでの価値観が逆転するほどの衝撃を受ける。

「絵や写真を用いずに臨場感や情緒を表現する文章に、思い切り胸を打たれました。本を閉じ、目を瞑ったら風景が鮮明に浮かび上がってくる。その描写力に心から憧れましたね」。時には、雪山を2日がかりで歩いて越え、ウトロの町まで50人分の教科書を背負って配達するなど、体中に自然の厳しさを叩き込まれた5年の歳月のうちに、読書が心の拠り所だった少年は、確固とした自然への畏敬の念を、心の中に育てていた。「アルプと出会ってから、僕は深く自然と向き合うようになり、価値観も生き方も変わったんです」。

やがて、山崎さんの心にアルプがどっしりと根を張った。休日のたびにカメラを手に山へ分け入り、写真を撮りためては、アルプの読後所感を添えて編集部へ送り続けた。ある日、思いもよらぬ朗報が山崎さんに届く。オホーツクの自然を捉えた山崎さんの写真が、アルプの誌面を飾ることになったのだ。「熱意に絆ほだされたんじゃないかな。遠い地で暮らす、いち読者のね。でもそれがきっかけで、自然と芸術を通じ人間性を高めるというアルプの精神をより深く追求し、本格的に写真を極めたいと思うようになったんですよ」。昭和49年、29歳にして書店を退職し、事務機器販売の会社を創業した。商売は上手く軌道に乗り、経営者として無我夢中に働く一方で、写真を撮り続けた山崎さん。充実の一途を辿る30代を通して、アルプは、いよいよ山崎さんにとって不可欠な存在となった。―つづくー(「スロウ No.14」2008年冬号掲載 写真/菅原正嗣)

■北のアルプ美術館-1
北のアルプ美術館-2

話の主は…

北のアルプ美術館

斜里町朝日町11-2 アルプ通り

TEL.0152-23-4000

open 6〜10月/ 10001700

11〜5月/ 10001600

http://www.alp-museum.org/

きょうの話は…

雑誌「northern style SLOW」vol.14 winter 2008より

http://www.n-slow.com/books/books-226

※「northern style スロウ」は、2004年に創刊した北海道発の季刊誌です。
大自然の恩恵を受けながら、丁寧に心豊かに暮らしている人々を、これまでにたくさん取材してきました。
できるだけ多くの方々に伝えたくて、少しずつですがWeb Magazineで紹介していきたいと思います。
毎週月曜日に1話ずつ。ぜひお楽しみください。
http://www.n-slow.com/concept

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