2019 Apr
23

辻井養蜂一家の夏-1

「森のはちみつ」は中川町の森から

「森のはちみつ」。何と魅惑的な響きを持っていることか。蜂蜜に対する思い入れが人一倍強いところに加えて、「森の…」とくれば、「くまのプーさん」でなくとも、瓶を抱えて蜜の甘みや香りを味わい尽くしたい気持ちに駆られてしまう。

 

ずっと以前、多分2〜3年前から気になっていた中川町の森で採れる蜂蜜。買い求めてはキッチンの棚に並べて置き、手に取ってデザインを眺めては幸せな気分に浸ったり、実際に蜜の味を堪能したり。この蜂蜜を集めている森に、いつの日か足を運んでみたいと願いながら、1年、また1年と過ごしてきた。頭の中では、「森のはちみつ」への思い入れだけが年々、大きくふくらみ、強化されていく。「どんな場所で集めた蜜なのだろう」。

北海道の山道を車で走っていると、鉄製の大きな柵で道がふさがれていて、そこから先へは立ち入れない、なんてことがよくある。中川町の「森のはちみつ」を採取している場所へ辿り着くには、関係者だけが使える鍵を使って、そんな柵を開けてからさらに奥へと進まなければならなかった。限界集落のひとつ、共和地区のずっとずっと南側。とても立派な舗装道路がどこまでも続いているというのに、車1台、人っ子ひとり通らない。もしも、この道がどこまでも続いているとしたら、行き着く先は幌加内町を超えて、日本海?

どうやら「国策」に関わるような、開通当初としては、とても重要な役割を担って造られた道らしいのだが、とりあえず今は、まるで蜂蜜採取のための専用道路のようだ。林業関係者を含め、限られた人しか利用しない道や森とあって、ヒグマやキタキツネなどの野生動物にとっては、さぞや居心地の良い暮らしやすい場所となっていることだろう。

きれいな沢に架けられた橋を幾つも超えて案内された場所。中川町の市街地からはずいぶん離れている。気づかないほど緩やかに登りながら続く道の両脇には、無限に続くかと思われる樹木の緑、そして緑…。天然林広葉樹の森の中に、下草を刈られた人工林が点在しているという印象だ。

見過ごしてしまいそうなほど細い道を横に入っていくと、突然小さな広場が姿を見せる。正方形のその一角だけがきれいに木が伐られ、整地されていて、人や虫の気配で辺りが急に活気づく。静寂の森の中にあって、この空間だけは別世界。小さな広場の四方を森の木々が丈高く囲んでいる様子に、思わず目を見張る。広場の周囲には深い森が広がっている。蜜蜂の巣箱を前に、ネットを垂らした帽子を頭からすっぽりと被った人の大人たち。手際よく、タイミングを計りながら立ち働く様子に、目も心も釘付けになってしまう。

中川町の夏の森。この森の中で、あの美しくもとろけるように甘い極上の蜂蜜が採取されていたのだ。この場所こそ、養蜂業を営む辻井一家の仕事場。北海道の短い夏を蜜蜂たちと共に働きながら過ごす、おとぎ話に出てきそうな森の仕事場。

辻井健一さんと妻の百合子さん、そして息子の淳也さん。3人は毎年、6月下旬になると兵庫県から中川町に渡ってきては、この森で養蜂業を営んできた。広場には蜜蜂の巣箱が何十個と置かれ、その上を無数の蜜蜂たちが激しく飛び交っている。身体の周りをうるさく思えるほどの羽音を立てながら、大きく、小さく、低く、高く。円を描いているかのようにブンブンと飛び回る。

「ずいぶん大きな蜂が混じっているなァ」。突如として喧噪の渦に投げ込まれ、飲み込まれながらも、呑気にそんなことを考えていると、「虻だから、刺されないように注意して」と声をかけられる。夏の一時季、ここでは「牛虻」が大発生するのが常だが、不思議なことに「あと1週間も経てば、ウソのようにいなくなってしまう」のだそうだ。激しく野性的で、どう猛そうに思えた大きな牛虻が、夏のこの一時季だけ、集中的に発生する理由はわからないが、蜜蜂に牛虻が加わることで、こんなにも大騒ぎの状態が発生していたらしい。「きれいな沢のあるところにしか牛虻は発生しない」と聞いて、ここに辿り着くまでに目にした幾つもの沢の透明度の高さが、すぐに脳裏に浮かぶ。この仕事場が、きれいな水の流れる森の一部であることに思い至ると、うるさいまでにブンブンと飛び回る虻の存在さえも、少しだけ愛おしい生きもののように思えてくる。

ーつづくー(取材・文/萬年とみ子 写真/高原 淳)

◼️辻井養蜂一家の夏-1
◼️辻井養蜂一家の夏-2
◼️辻井養蜂一家の夏-3

話の主は…

辻井養蜂場

兵庫県豊岡市日高町浅倉248-1


T E L.0796-42-2329

http://tsujii83.com

きょうの話は…

雑誌「northern style SLOW」vol.57 Autumn 2018より

https://www.n-slow.com/books/books-10264

※「northern style スロウ」は、2004年に創刊した北海道発の季刊誌です。
大自然の恩恵を受けながら、丁寧に心豊かに暮らしている人々を、これまでにたくさん取材してきました。
できるだけ多くの方々に伝えたくて、少しずつですがWeb Magazineで紹介していきたいと思います。
毎週月曜日に1話ずつ。ぜひお楽しみください。
http://www.n-slow.com/concept

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