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8月、七飯町に移り住んで初めての窯出しが行われた。「焼き上がったら、お世話になった人たちだけにしか渡したくない」。ひとり陶器市は大志さんにとって、いわば感謝の場。半泣きになりながら手渡した焼きものに込められた思いは、きっと皆の心にしっかりと届いたことだろう。ここに至るまでの藤吉夫妻の歩みを知り、応援してくれている人たちだから、焼きものに込められた思いを、感謝の念を、温かく受け止めてくれたことだろう。
愛さんと大志さん。大志さんと愛さん。お互いにお互いを思いやる様子に、ここまで2人を導いてきた時間やその密度の濃さを思わずにいられない。2人を前にしていると、無条件に温かい気持ちがあふれ出てくるのを感じるのだ。
藤吉夫妻を訪ねたのは、満月が3日後に迫っている日のことだった。満月に向けて、命がほとばしるのは、人も植物も同じ。愛さんは満月が近づくこの時季に、身近な野山に咲く花を摘んでは、シロップやコンフィチュールを作る。作り方を教わったのは、栃木時代の師匠の奥さんだ。オーストリア人のその女性が教えてくれたことは愛さんの中でいつも生きていて、これからも七飯町での暮らしに活かされていくことだろう。
9月の上旬。藤吉家の周りの草地には、鮮やかなブルーの色をしたたくさんのツユクサの花が咲いていた。「満月に向かうこの時季、どの植物もとてもイキイキとしているでしょう」。小さなブルーの花を一輪、一輪、丁寧に摘み取っていく愛さん。その傍らには、同じようにツユクサの花びらを摘む大志さんの姿がある。寄り添うという言葉の意味する世界が、こんなにもさり気なく、身近に感じられることに、理屈抜きにうれしさを覚えていた。
藤吉夫妻が、やっと手にした理想的とも思える栃木での暮らし。根こそぎ、それも無理矢理引きはがされてしまった暮らしだが、今またこうして、七飯町の新しい土地で新たな芽を出そうとしている。引き裂かれた心が癒えるには、まだまだ時間がかかりそうだが、それでも芽を出しさえすれば、まわりの草花と同じように、きっと天に向かって伸び始めることだろう。心が癒やされるのを待ちながら、決して腐らず、諦めず、月の満ち欠けに導かれるように、そう、ゆっくりと。ーおしまいー(取材・文/萬年とみ子 撮影/高原 淳)