ファームあるむ-3
「子どもに接するのと同じくらい、鶏のことを考えてあげられていたのかな」。ふいに訪れたピンチは、これまでの養鶏農家としての日々を振り返るチャンスになった。「突き詰めて考えれば、起きている問題の責任は鶏ではなく、自分にある」。元貴さんはさまざまな資料や文献を読み漁り、解決策を探した。そして辿り着いたキーワードが、植物性たんぱく質。「鶏は毎日のように卵を産んでくれているので、その分のエネルギーをしっかり補ってあげることが大切なんです」と、敬子さんが言葉を添える。
さっそく飼料に混ぜて与えていた大豆の量を大幅に増やしてみたところ、産卵数は無事に回復。さらにいくつかのうれしい変化が起きた。ひとつ目は、鶏の気性が以前よりも大人しくなり、作業がずいぶんやりやすくなったこと。
ふたつ目は、平飼い養鶏家の多くが悩む、鶏どうしのつつき合いの減少。特に冬は、仲間に羽根を毟られて体温調節ができなくなり、死んでしまう鶏も少なくなかった。その要因のひとつにも、たんぱく質不足があったと元貴さんは分析する。大豆を多めに与えるようになったことで、仲間の羽根を毟る問題も、死んでしまう個体も劇的に減った。
そして3つ目。「卵がいっそうおいしくなった」という消費者の声が寄せられるようになったこと。2人のこぼれるような笑顔を見るまでもなく、生産者としてこんなにうれしい言葉はないだろう。
「最初は面倒なのだけれど、乗り越えればいい循環ができてくるんです。子どもがいるとどうしても時間が限られるから、何とか工夫して効率を上げようと考えるようになる。結果として、以前よりもできることが増えていきました」。
やりくりして確保した時間は、今まで以上に鶏をよく観察するために充てた。言葉を話せない赤ちゃんに接するように、「鶏たちが望んでいることは何かを考えて、環境を整えてあげること。それが農家の仕事」。実徳くんが教えてくれたのは、親として、そして養鶏農家としての在り方だったのかもしれない。
「どうぞ、召し上がってください」。その言葉に導かれるまま、「今朝産んだばかり」という卵に手を伸ばす。しっかりと分厚い殻を割り、ご飯の上に落として塩をひと摘み。箸で崩すと、とろりと蕩けるレモン色の黄身とぷるっとした白身。ひと口いただけば、卵本来の濃厚な味わいが、口いっぱいに広がった。
「卵って、こんなに味わいのある、おいしい食べ物だったんだ!」という感動と驚きが、じんわりと胸に広がる。小さな卵には、崎原ファミリーの情熱と愛情が、たっぷりと詰まっていた。ーつづくー(「スロウ vol.43」2015年春号掲載 取材・文/家入明日美 撮影/高原 淳、菅原正嗣)
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