あすみちゃん-1
本名は、植西あすみ。みんなから“あすみちゃん”と呼ばれている。鷹栖町の坂の上で、おばあちゃんが守ってきた畑を受け継いで、野菜や豆を育てている。あすみちゃんは、薬草たっぷりの酵素ジュースや、はぜろうを使ったクリームづくりも行っていて、その作業は満月の日にだけ行われている。
「野菜も豆も、食べたいから作ってる。出たいと思ったイベントでは、売ることもあるけどね」。きっとあすみちゃんは、誰に対しても同じように接することができる人。飾らないし、背伸びしない。満月の日は朝から薬草(ハーブ)や野の花を摘む作業があるから忙しいと聞いていたのに、「まずはお茶でも」と、生のハーブがたくさん入ったスッキリとキレイなハーブティーを入れてくれた。これから畑に行くというのに、素足に半ズボン姿、足元は地下足袋を履いていた。
高校生までを鷹栖町のこの家で過ごし、大学生になるのを機に九州へ渡ったあすみちゃん。「セイサクカガク」という分野の勉強をし、環境や資源の問題、公害など、さまざまな課題に胸を痛めることになった。「みんなが平和になるには?」。そんな問いかけさえ胸に抱くようになったとき、大学のゼミで訪れた水俣で、衝撃の出会いをするのだった。吉本哲郎さんの「地元学」という考え方。「地元には何にもない」、そんなふうに思わずに、地元の良さを、そこに暮らす人たち自身が再発見し、活かしていく。そんな学問だった。「足元をみろ」。吉本さんに言われた言葉は、今のあすみちゃんの根幹を成す大切なひと言になった。
世界の裏側を、もっと見たいと思っていた。世の中はどんな仕組みで成り立っていて、そこにどんな力関係が働いているのか。もっともっと外に向かいたいという、そんな思いをそっとなだめるように、あるいは強く引き戻すように、「足元をみろ」は、あすみちゃんの心を大きく揺さぶった。
「こんな問題もあるし、あんな問題もある、でもどうすればいいの? って思っていた時期に、『足元をみろ』。口先だけでなく、お前の足元の地でまず何かやってみろ。そんな意味だったと思う」。あれを作ろう、これを作ろう、何が足りない、よそから持ってこよう。そんな考え方ではなく、すでに自分たちの足元にあるものを探していこうと心から思えるようになったあすみちゃんは、1年間「食に携わる人に会いに行く旅」をして、それから、鷹栖に帰ってきた。
おばあちゃんは農家だった。家には畑があった。田舎には何もないからと都会に憧れて、何となく、社会の流れや周りの雰囲気から農家の仕事を心の中で見下していた頃もあった。けれど、夕食の前にその日に食べるための野菜を畑に採りに行くのはあたりまえだったし、食卓に並ぶ自家製の野菜はどれもこれもおいしかった。自分が生まれ育ってきた道のりに丁寧に向き合ってみたら、そこには「食」というキーワードが浮かび上がってきたのだった。―つづくー(取材・文/片山静香 撮影/菅原正嗣)