2021 Mar
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弥生の里農園-1

元気な子どもを育む食べものを

ストーブの世話にならなければならなかった前日の寒さや強風が幻であったかのように、上空には乾ききった青空が気持ちよく広がっている。この夏も、道北の海辺の道には、エゾニュウが空に突き刺さんばかりの勢いで太い茎を高く高く伸ばし、白い微細な花を細い花茎の先に提灯のようにつるしては、宙に遊ばせ、風に揺れていた。背丈ほどもある夏草が生い茂り、人っ子ひとり見当たらない中にあって、エゾニュウは、どこか怪物じみた異形を孤独に誇示し続ける。海同様、果てしなく続く草原と、そしてハマナスの赤紫の艶やかな花。白茶けて地平線の先まで続く広い道路。北海道ならではの夏の風景のひとつ。そんな夏の北海道を感じたいからと、多くのライダーたちが訪れるオロロンラインを稚内方面から下っていくと、やがて上川盆地へと至る。

目的地である弥生の里。吉岡里巳さんが仕事をしているはずの畑は、上川盆地の中のさらに中心、名寄盆地にある。「二重盆地」として知られ、厳しい寒暖差にさらされる土が育む農作物には、この土地で育ち得たものだけに与えられる滋養が詰まっているという。礼文島の手つかずの自然の中で、幼い頃の一時期を自由奔放に過ごしたという吉岡さんにとって、道北のこの地域の気候風土は、どこまでも身体の一部と化していることだろう。

まだ膝の高さくらいまで雪が積もっている時季のこと。一度会ったままになっていた吉岡さんの自宅にお邪魔した。春が訪れる前、畑仕事で忙しくなる前に、ゆっくり話を聞いてみたいと思っていたからだ。農業。というより、土と向き合いながら、多くの野菜を育てるに至った訳を知りたいと思っていたのが、会いたかった理由のひとつ。いや、そんな理由以前に、吉岡さんの不思議な存在感に、言葉にならないけれど、強く惹かれるものを感じていたというのが、偽らざる気持ちだ。自分を見つめ続け、自分の裡に深く分け入ることで手にした静かな存在感。悩み、苦しむ中で身に付けたに違いない穏やかな精神状態。好ましい資質として、それらを身に付けている女性。

いつの間にか、自宅にいるような寛いだ気分になって、吉岡さんの言葉に聞き入ってしまっていた。1時間が過ぎ、2時間が過ぎ…。「膝を折るのは苦手ですか?」と気づかってもらいながら、ソファに腰をおろし、ひたすら吉岡さんの世界に分け入る時間。滅多に経験できない感覚だ。自らに降りかかる理不尽な出来事、境遇。それらのただ中にあって、一つひとつ、「何故だろう?」、「どうしてだろう?」、「どうすれば良いのだろう?」と、前向きな行動に繋がる質問に置き換えながら歩んできたことが伝わってくる。時間軸を長く取りながら、多くの疑問を自分に対する質問へと転換し、考えながら吉岡さんはここまで歩いてきた。めげそうになることも、きっとあったことだろう。枕を濡らしたことも、数え切れないほどあったかもしれない。それでも、目の前の吉岡さんはとても穏やかで、言葉の合間に、ホッとする柔らかな笑顔を分けてくれる。ーつづくー(取材・文/萬年とみ子 撮影/高原 淳)

■弥生の里農園-1
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話の主は…

弥生の里農園

名寄市弥生町

TEL.090-3893-1177

http://www.n-slow.com/producer/producer-8116

きょうの話は…

雑誌「northern style SLOW」vol.53 Autumn 2017より

http://www.n-slow.com/books/books-7923

※「northern style スロウ」は、2004年に創刊した北海道発の季刊誌です。
大自然の恩恵を受けながら、丁寧に心豊かに暮らしている人々を、これまでにたくさん取材してきました。
できるだけ多くの方々に伝えたくて、少しずつですがWeb Magazineで紹介していきたいと思います。
毎週月曜日に1話ずつ。ぜひお楽しみください。
http://www.n-slow.com/concept

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