北尾久美子さんの バードカービング-1
古い石造りの倉庫、廃業した医院跡に次いで3代目の工房を構えたのは、深い森の畔。住所で言えば札幌市宮の森、ジャンプ台で知られる大倉山の麓あたりだ。町の中心部から車で15分とかからない好立地ながら豊かな自然に恵まれたここは、バードカービング作家、北尾久美子さんとって、理想的な棲家となった。何しろ壁一枚隔てた向こう側は、多くの生物を養う緑の揺りかご。森に面して大きく開けた窓から野鳥たちの営みを覗き見ては、制作活動の糧にしたり、心の凝りを解きほぐしたりと、有形無形の恩恵を授かっているのだという。冬の苦労が容易に偲ばれる、随分と傾斜のきつい急坂に建つ家だが、きっとこの環境は彼女にとって何物にも代えがたいものだろう。
そんな北尾さんが生業とするバードカービングとは、木片を削り、色を塗って鳥を作りだすこと、またはそうして作られた鳥そのもののことを言う。鳥の模型と言えばデコイが挙げられるが、二つは似て非なる存在。デコイが1800年代に流行したカモ猟の囮(おとり)に由来した、どちらかと言えば簡素な実用模型であるのに対し、今日のバードカービングは鳥類保護の観点から、剥製に変わるものとして博物館などの展示に用いられてきた経緯があるため、可能な限り本物に似せて作られるのが特徴である。各地のネイチャーセンターなどで見られる、原寸大の模型がそれだ。
一般的な制作のプロセスは、まず設計図と型紙を作り、それに基づいてハンドソーで木取りをし、グラインダーで削りながら細部を形作っていき、最後にアクリル絵の具で彩色を施すというもの。それに、ガラス玉で目玉を作ったり、銅で止まり木をこしらえたりといった、作品に「らしさ」を与えるディテールの制作が随所に加わる。発祥の地であるアメリカから日本に輸入されて30年程が経つバードカービングだが、最近はレベルも上がってきて、鳥のみならず鳥を含めたジオラマ全体の完成度が問われるようになってきていると言う。ーつづくー(「スロウ vol.20」2009年夏号掲載)
■北尾久美子さんの バードカービング-1
■北尾久美子さんの バードカービング-2
■北尾久美子さんの バードカービング-3