湯ノ里デスク-1
夏セミが、うるさいくらいに鳴いていた。まだ初夏だというのに、例年になく30度近い気温になったその日。この小さな廃校を訪れるのは、何度目のことだろう。夏休みの学校にこっそり忍び込んだような、子どもたちの気配がしない静かな校舎。ぎゅっぎゅっとなるナラ材の木の床。教室からは、心地よい音楽が聴こえてきた。
窓から差し込むまばゆい陽の光を受けて、いつものように穏やかな表情を浮かべて迎えてくれた2人。彼らの名前は湯ノ里デスク。企画・デザインを担当するのは田代信太郎さん。それを形にするのは佐々木武さん。湯ノ里デスクは2人でひとつ。この場所にやって来てから、ずっとそうして二人三脚でやってきた。
都会で生まれ育った2人にとって、田舎暮らしは昔からの憧れだった。移住先を探していた15年ほど前、まだインターネットは普及しておらず、情報は自らの足を使って探すしかなかった。その時彼らの頭の中にあったのは、これから始める工房のコンセプトだけ。「廃校から生まれる木の机。そして、本のための家具」。学校としての役目を終えた場所から、新たに木の机が生まれる。そんな物語のようなイメージは、蘭越町にある湯里小学校に出会って、さらに現実味を帯びた。山の中にあって、木に囲まれた学校。最後の児童数は7名。それまでも児童数は10人前後だったから、2学年がひとクラスで学ぶ複式学級だった。そのため教室は3つだけ。それに音楽室と職員室、校長室、体育館。今も昔も、それで充分事足りる。地域の人たちとの交流も重ねながら、彼らのものづくりが始まったのは2002年のこと。
「お金がなかったから学校っていう建物の力を借りたかったんです。家具を作って塗装して保管して。さらにショールームとしての機能もほしい。それをひとつ屋根の下で賄えるっていうのは学校ならではですよね」。田代さんが当時を振り返る。
田代さんは、ここに来る以前、東京の書店で働いていた。そのまま書店での仕事はできないだろうかといくつか道内の書店に問い合わせてみるものの、20代も後半にさしかかろうとする東京育ちの青年を雇ってくれる書店はなかった。それでも、どうしても田舎に移り住みたい。しかしその当時、田舎暮らしをしたい若者に対する選択肢は今よりもずっと少なかった。ーつづくー(「スロウvol.40」2014年夏号掲載 取材・文/鎌田暁子)
■湯ノ里デスク-1
■湯の里デスク-2