香味自家焙煎 生出珈琲
「あ、好きだな」と、思う場所との出合いは、前触れなく訪れる。北見市の生出珈琲を訪れたときも、まさにそんな感覚があった。雰囲気なのか、メニューなのか、景色なのか、人なのか。自分の中に芽生えた感情の理由を探そうと思えば、いろいろな要素があるのだろう。けれど、「何となく、今の自分の気持ちにしっくりくる」という感覚に明確な根拠を見出すことはなかなか難しいし、べつに、無理に探さなくていいとも思う。
「コーヒーも僕も、すべてを含めての商品だと思っています」。カウンター席の向こう側でコーヒーを淹れながら、店主の生出純一さんは穏やかに語る。その言葉の意味は、店を訪れた人なら、少なからず感じられることだろう。一から自分で設計したという店内。手づくりのカウンターに柔らかなランプの灯りが揺らめいて、不思議な影を作り出す。不定期で開催するコンサートのためにと、床はステージ仕様。硬いナラ材の床下は空洞になっていて、音が気持ち良く広がっていく。そんな場所でいただくコーヒーの、何と格別なことだろう。
商社から仕入れた上質な生豆を、さらにひと粒ずつ選り分け、毎朝その日に使用する分を焙煎。抽出は、その時の豆の状態に合わせて80〜85 度でネルドリップする。「いろいろ試したけど、やっぱりこれ(ネル)だなと」。コーヒーのことを話す生出さんはとにかく楽しそうだ。肝心なのは、豆に「息をさせる」こと。挽いた豆の中心にのみ湯を注ぐことで、ふっくらとした「コーヒードーム」を作る。お湯を注ぐスピード、量、タイミングひとつで味わいが変わるため扱いは難しいが、根っからのコーヒー好きとしては、何より面白い瞬間なのだろう。しかも、そういったこだわりの一つひとつが実にさり気なく、相手を身構えさせないのがすごい。
「まずは自分がここにいて、違和感のない空間づくり。そこで、おいしいコーヒーを飲んでもらうこと」。生出さんが目指してきたのは、そんなシンプルなことだ。(取材・文/家入明日美 撮影/菅原正嗣 取材日/2017年9月20日)