2019 Mar
21

暮らしと珈琲 みちみち種や-2

これは、誰かの暮らしにそっと寄り添う珈琲を届ける、夫婦のお話。

「珈琲を信じる力がすごいんです」とは、裕子さんによる哲平さん評。「珈琲でやっていくって決めたのは、人生を変える1杯に出逢ってしまったから」。それだけが必要で、十分な理由。喫茶店のマスターと仲良くなった2人は、店を開くという自分達の夢を伝え、「豆の焙煎をしてもらえないか」と依頼した。ところが返ってきたのは、思いもかけない言葉だった。「お前は自分で豆を焼いたほうがいいよ。向いてると思うから」。

「その瞬間、ばーっと泣いてしまって」と、照れ臭そうにはにかむ哲平さん。「何だか、(胸が)ザワザワーっとしたんです」。ちなみにそのマスターは、その分野では名の知れた人。何人もの人が弟子入りしたいと店を訪ねるも、後継ぎの息子以外に教える気はないからと断っているのをよく見かけていたそうだ。「だからいっそううれしかった。まさかそんなにすごい人だとは、思っていなかったんですけど」。珈琲豆のことも焙煎のことも、何ひとつ知らなかったが、「一度、焙煎の様子を見においで」と誘われ、日を改めて店舗の隣にある焙煎所を2人で訪ねたという。

フツウのサラリーマンが珈琲をやる

早朝の焙煎所。いつもは飄々とした雰囲気のマスターが、真剣な表情で焙煎機の前に立っていた。シャラシャラと音を立てて豆が回り、炭火でじっくりと焼き上げられていく。グッと息を呑む仕上がりの瞬間を経て、ザラザラと取り出された豆。「不思議なことに、豆が笑っているように見えたんですよ」。自分の心が、芯から喜ぶ声を聴いたような気がした。それまでのモヤモヤを一気に飛び越えて、火が付いたような感覚。「これをやりたい」。隣にいた裕子さんに、そう伝える哲平さんがいた。

それから本格的に焙煎を学ぶため、毎朝3時に起きて、出勤前に焙煎所に立ち寄る日々が始まる。「焙煎するところをひたすら見せてもらってました。5年くらい通ったけれど少しも苦じゃなかった」と、哲平さん。「キラッキラしてたよね。朝起きられない人だったのに!」。裕子さんが笑いながら言葉を添える。

正直なところを言えば、「フツウのサラリーマンが珈琲(の焙煎や店)をやるってどうなんだろう」と、どこかで思っていたという裕子さん。「あまり主張しない夫がこれだけ言うんだからと、一応納得はしていたんですけどね」。しかし震災を経験したことで考えが変わったと話す。

身近な人たちのためにできることをやる店になりたい

幸いにして2人に怪我はなかったが、震災後およそ1ヵ月もの間、電気、ガス、水道のない生活が待っていた。食品を買う場所もない中、法外な金額で食品を売りつける「闇の業者みたいな人」が現れるなどということもあったそうだ。そんな状況ではますます心が荒むというものだが、少し落ち着いた頃に商店街の小さな店の店主たちが協力して炊き出しを始めた。パン屋では、1家族1日3個の丸パンを100円で販売。現金の持ちあわせがない人には、「後で払ってくれればいいから」と、パンを提供し続けたという。「それを見たら、明日も食べ物が買えるんだって希望が湧いてきました」。こんな風に、身近な人たちのためにできることをやる店になりたい。そう強く思ったとき、裕子さんの脳裏をよぎったのは珈琲だった。-つづく-(取材・文/家入明日美 撮影/高原 淳 取材日/2017年10月19日)

暮らしと珈琲 みちみち種や-1
■ 暮らしと珈琲 みちみち種や-2
暮らしと珈琲 みちみち種や-3
暮らしと珈琲みちみち種や-4

話の主は…

みちみち種や

石狩市緑ヶ原2丁目22
TEL.0133-77-5203
営業時間/13:00〜日暮れまで
定 休 日/不定休
http://www.taneyaka.com
※珈琲豆の注文は主にWebショップより受け付けています。
※イベント出展などで不在にすることもあるため、直接ご来店の際は事前連絡が確実です。

きょうの話は…

雑誌「northern style SLOW」vol.54 winter 2018より

http://www.n-slow.com/books/books-8619

※「northern style スロウ」は、2004年に創刊した北海道発の季刊誌です。
大自然の恩恵を受けながら、丁寧に心豊かに暮らしている人々を、これまでにたくさん取材してきました。
できるだけ多くの方々に伝えたくて、少しずつですがWeb Magazineで紹介していきたいと思います。
毎週月曜日に1話ずつ。ぜひお楽しみください。
http://www.n-slow.com/concept

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