クリーマリー農夢-1
「なんてきれいな牛なんだろう」。むしり取るようにして、大きな噛み音を立てながら、草地の草を食べているのはクリーマリー農夢の牛たち。あまりに豪快な彼女たちの食べっぷりに、しばらく見とれ、すっかり気を取られていたが、我に返って最初に思ったのは、そんなこと。これまで目にしてきた中で、間違いなく一番きれいな牛たちが、目の前でセッセと草を食べている。糞や泥がこびりついていてあたりまえと思っていた牛の足やお尻まわり、お腹なども、それはそれはきれいなものだ。人間で言えば、たった今、シャワーでも浴びてきたみたいに、上から下までこざっぱりとしている。ただ素直に、「いいなー」と思う。彼女たちが可愛がられて、ここにいることが伝わってくるからだ。
旭川郊外、上雨紛(かみうぶん)地区の高台にクリーマリー農夢の牧場はあった。牛舎や母屋などが建つ敷地の一段下に、放牧地のひとつが広がっている。ヤナギの木が点在し、日射しが強いときには、きっと彼女たちはその下で、ゆっくりと休むのだろう。
クリーマリー農夢の牛たちのことを「彼女たち」と呼びたくなったのには、理由がある。午前から夕方まで、半日以上にわたって、牧場の主、佐竹秀樹さんが仕事をする様子を見ていて、自然にそんな気持ちが湧いてきたのだ。佐竹さんと牛たちの間には、深い信頼関係が築かれている。人間と人間の関係と変わらないような、そう、絆と名づけてもいいような。
「名前を付けているんですか?」。夕方になって、佐竹さんに向かって、思わず、そんな問いを発してしまった。答えは予想通り。「ええ」。最初に出てきた名前はQちゃん。後に「はる、ばなな、ゆめ、こごみ、あき、まめ」と続く。まめはこの春に生まれたばかり。はるの子どもだ。まめを含め、クリーマリー農夢の牛たちは全部で7頭。
実は佐竹さん、大学を卒業してすぐに、牧場をやりたいからと、オーストラリアに渡っている。現在のようにワーキングホリデーの制度などなかった時代だから、当然のこと、永住権を申請しながらのことだった。受け入れてくれた牧場主はシェアファーミングをしている人で、牛を130頭所有し、牧場を借りて放牧酪農をしている人だった。当時、自分の牧場を手に入れたばかりで、佐竹さんの仕事は新しい牧場を立ち上げること。牛舎を建てたり、フェンスを張ったり、牛を飼うこと以外にも、やること、学ぶことはたくさんあった。
牧場があったのはメルボルン近くで、気候的には比較的暖かい地域だ。冬に雪が降ることはあっても、積もることはない。恵まれた気候、広い草地。牛たちは昼夜問わず放牧されていて、搾乳時にだけ、搾乳小屋に集められる。だから、牛舎は必要ない。つながれることなく、昼夜を問わず、100%、青草を食べて過ごす牛たち。そのすべてに、佐竹さんは名前を付け、顔を見ながら名前で呼びかけていたという。「ジャージーとか、種類が違う牛も混じっていたから(覚えやすかった)」と話すが、どうやらこれが、現在に至るまで、佐竹さんの牛に対する一貫した姿勢のようだ。ーつづくー(取材・文/萬年とみ子 撮影/高原 淳)
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