鹿追町の小さな出版社たち-3
川口由美枝さんの場合は、先の二人とは主人公が異なります。二人の娘のために、2011年3月に急死した義父(じじ)との思い出を一冊の絵本にしました。
「本当に急だったんです。前の日に病院でまた明日も来るねって言って、子どもたちと一緒に別れたのに、翌朝に突然…」。家族全員が嘆き悲しんだその日から数ヵ月後。「少し時間が経って、やっと冷静になれたっていうのもありますね。他の家族は思い出したくないかもしれないけど、でも今しか作れないと思って」。由美枝さんは以前から興味のあった絵本作りに初めて挑戦しました。
撮影されるのが嫌いだった義父は写っている写真がほとんど無くて苦労したのだとか。代わりに色鉛筆で絵を描き、二人の娘(孫)たちの写真を貼り、最後のページには二人からのじじ宛の手紙を貼りつけました。大好きだった祖父の死を受け止めるにはまだ幼すぎた娘たちに「じじはお月様の隣で一番光っている星になったんだよ」と言って聞かせていたことがメインストーリーになっています。「今でも、例えば夜に車で走っている時に窓の外を見て『あれがじじだね。なんか今日は特に光っているよ。怒ってるんじゃない? ほら、テストの点数悪かったから~』なんて話をします(笑)」。
この一冊からは、由美枝さんから娘たちへの思いはもちろんのこと、由美枝さんの義父への思い、そして何より、じじがどんなに二人をかわいがっていたかということが十分に伝わってきます。互いを思いやる家族の、複数の愛情がページの上で行き来する一冊です。
次にご紹介するのが、にお出版の鳰清佳さん。明美さんとは7、8年の付き合いで、最初に次女で末っ子の千冬ちゃんのための1冊目を作ってから、すっかり絵本作りの楽しさにハマってしまいました。2冊目の和月ちゃん、3冊目の大世くんへの絵本を一気に書き上げ、最初の1年で3冊も作ってしまったほど。「やり始める前は難しく考えていたけど、全然そんなことなかった。子どもたちも自分が本の主人公になってるっていうのがすごく嬉しいらしくて。あんまり喜んでくれるから、それがまた私も嬉しくって」。
そして子どもたちの後、さらに清佳さんが作ったのはお義母さんへの絵本。タイトルは、当時話題になっていた小説「佐賀のがばいばあちゃん」からヒントをいただいて『ささがわのやばいばあちゃん』(笹川は、鳰家が住む実際の地名です)。
実は、鳰家のばあちゃんこと鳰彰子さんは町内でも有名なスーパーばあちゃんです。酪農と畑作の兼業である家の仕事をこなしながら、農家の女性支援など複数の活動を行ない「いったいいつ寝てるんだろう」と家族でも首を傾げるほどのバイタリティの持ち主。絵本にはその豪快でパワフルな一面と共に、実は併せ持つセンチメンタルな一面が実際のエピソードを交えながら綴られています。
清佳さんが作ったこの絵本、彰子さんはいたく気に入り、自己紹介代わりに会う人会う人に見せるため、どこへ行くにも持ち歩いたのだとか。ところがある時、旅先の東京で乗り込んだタクシーの中に忘れてきてしまいました。結局、数日後に親切な運転手さんが奥付けに書かれていた住所を頼りに連絡をくれ、事なきを得たことは今では笑い話に。けれども、思うに運転手さんもきっと絵本を開いて、そこに込められた愛情をしかと感じたのではないでしょうか。だからこそ、丁寧に送り届けてくれたに違いありません。全くの他人が手にしても感じられるほどの愛情が、手作り絵本には詰まっているのですから。ーつづくー(「スロウ vol.31」2012年春号掲載)
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