2019 Feb
23

大雪山・山守隊-2

人が来るほど美しくなる山へ

さっそく、歩いていく先に倒木が見えた。細い枝をノコギリで払ったり、太い幹をチェンソーで伐ったり、通行の障害になる植物を処理していくのだが、これにはコツがある。「全部伐れば良いというわけではない」。たとえばちょっと屈みこめば通れるような倒木のアーチは、上から落ちてくる危険がない限りはそのまま残す。積雪で頭を垂れてしまった細い枝は、雪解け後に自力で姿勢を立て直す希望があるので伐り払わずに様子を見る。「これはナナカマドだから、秋に綺麗に色づいた中を歩いたらきっと素敵だから残す」なんていうことも。登山道整備に必要とされるのは、「自然に対する想像力」。今目の前に展開される事象だけを部分的に見るのではなく、生きた森が今後どうなっていくか、刻々と移り変わる姿を想像しながら整備していかなくてはならない。雨が降ったらどれくらい増水して、道にどの程度の水と土砂が流れ込むのか。この木は本当に危険な障害となっているのか。さまざまなことに思いを巡らせ、施す処置が決定される。

岡崎さんが実践しているのは、「近自然工法」という考え方。スイスで生まれた河川の工法で、西日本科学技術研究所長であった、故・福留脩文氏が日本に技術を持ち込んだ。端的に言うなら、「侵食を止め、生態系を復元させる」登山道整備の在り方だ。日本の現在の登山道整備といえば、木道を造るとか、崩れた面を石垣で覆うなど、主に「壊れた部分を人間が歩きやすいように直す」工事が大部分を占める。しかしそれは対症療法でしかなく、壊れた自然を再生するための根本治療にはならない。一方の近自然工法は、施した処置によって、「侵食」を「復元」のレベルにまで高めていく技術だ。

岡崎さんの説明によると、登山道の侵食の大きな要因は、人が歩くことによって発生する地面の窪み。それまでは平らだった地面に僅かな凹面ができると、雨水はその窪みに集中して流れ落ちる。人が歩いた道が雨の日に川のように変貌し、水流がどんどん土砂を押し流し、窪みはあっという間に深く、広くなっていく。広がった窪みは歩きづらいので、登山者はその窪みを避けて歩くようになり、さらに侵食が広がっていくという仕組みだ。ここに歩きやすくするために木道を造ったとしても、「雨の日に道が川になり、土砂が押し流される」という根本的な侵食の原因が解消されない限り、造った木道もいつかは流され、また造っては流されの繰り返しにしかならない。

近自然工法では、道の造り方にひと工夫する。たとえば雨が降った際の水の流れを予測し、上から押し流される土砂がせき止められて溜まる場所を造る。土砂が流されず、水だけが均一に地表に流れるように逃げ道を作ってあげるのだ。それは侵食箇所を埋め、道を横切るように丸太を設置することだったり、ヤシの土嚢で法面を保護することだったりするのだが、ここに文章で書けるほど単純なことではない。やっぱり必要とされるのが、作業者による想像力。目先の状況判断ではなく、この先どうすれば植生が復元されるのか、具体的な道筋を付けることが必要とされる。せき止めた土砂が溜まったところに、本当に植物が生えてくるのか。想定外の大雨にも土嚢が崩れないようにするにはどんな積み方があるのか。土嚢の間から植物が再生してくるには何が必要か。一つひとつの行動にはれっきとした意図がある。決して対症療法だけではない、根本原因を解決するための手立てなのだ。

近自然工法の技術を取り入れるとは、岡崎さんの言葉を借りれば「人が来れば来るほど山が美しくなること」。難しい技術であり、日本ではほとんど普及していない考え方でもある。しかし、山を訪れる人たちの中にこの考え方が少しでも浸透すれば、状況は変わるかもしれない。ーつづくー(取材・文/片山静香 撮影/東藤亮佑)

大雪山・山守隊-1
■大雪山・山守隊-2
大雪山・山守隊-3

話の主は…

一般社団法人 大雪山・山守隊

当麻町伊香牛1区 

TEL.0166-56-9160

https://www.yamamoritai.com

きょうの話は…

雑誌「northern style SLOW」vol.56 Summer 2018より

https://www.n-slow.com/books/books-9898

※「northern style スロウ」は、2004年に創刊した北海道発の季刊誌です。
大自然の恩恵を受けながら、丁寧に心豊かに暮らしている人々を、これまでにたくさん取材してきました。
できるだけ多くの方々に伝えたくて、少しずつですがWeb Magazineで紹介していきたいと思います。
毎週月曜日に1話ずつ。ぜひお楽しみください。
http://www.n-slow.com/concept

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