2019 Jan
19

煙筒の横山-4

煙突のプロから若者へと 継承されていくのは職人の心

昭和60年当時、横山さんの記憶によると、旭川には煙突掃除を仕事にしている人が26、27人はいたらしい。誰もが自転車に乗り、ガンガン(ブリキ製の四角い箱)を下げ、竹製のブラシを持って街中を走り回っていた。顔も手も煤で真っ黒。ひと目で煙突掃除人とわかる出で立ちで。そんな一人だった横山さんに向かって、ある人がかけてきた言葉を横山さんは今も忘れない。「そんなに若いのに、どうして煙突掃除屋なんかしているの?」世は高度経済成長期。若いのだから、いくらでも他に仕事があるだろうにと、きっと軽い気持ちでかけた言葉だったのだろう。でも、横山さんはその言葉をずっと忘れず、ここまで歩いてきた。

 

目の前の仕事にのめり込み、同じ時間内に他人の何倍もの仕事をこなし、さらには一つひとつの仕事に自分ならではの工夫を加えていく。昨日と今日、傍目には同じ仕事をしているように見えても、当の本人には仕事の細部までが見えているから、いつもすべてが新鮮だ。毎日が違っているし、昨日よりも今日が一段面白い。難易度の高い煙突を立てるときに覚える武者震い。そんな風にして、長い間自分の仕事に集中しながら向き合ってきた人間に例外なくもたらされるものといえば、紛れもない自分や仕事に対するプライドだろう。仕事に対する誇り。その仕事をしている自分への自信。煙突を立て、煙突の掃除をする。誰よりも正確に早く、性能のいい煙突を立てる。そして、煙突や薪ストーブが翌年の冬もよく働けるようにと、誰よりも丁寧な煙突掃除を心がける。煙突のプロとして、仕事に魂が宿る所以だ。

自分の仕事に対するプライドを形として、わかりやすく表現するためだろう。横山さんはいわゆる工事用の車として、あるときから「ベンツ」に乗るようになっていた今でこそ、若い職人と一緒にロゴマークを入れたワンボックスカーを使うようになっているが、横山さんのベンツ時代は長期間に渡って続いてきたのだ。

これだけの経験を積んできた横山さんでも、どうにも難易度の高い物件を前にすることがある。最適な煙突の立て方がどうしても思い浮かばないことがある。「どうやったらクリアできるのか」。散々考え、思い悩みながら眠りにつくと、何と夢の中にその解決法が出てきたことがあるというのだ。「夢に出てきたやり方通りに煙突を立ててみたら、上手くいった」ことがあるのだと、横山さん。これまでに、それほど数多くの煙突を立ててきたという何よりの証に違いない。

目の前の横山さんは、2人の若者と一緒に仕事をするのが、楽しくてならない様子だった。仕事が好きで、どこまでも楽しんでいることが伝わってくる。リードするところはリードして、高いところでの作業などは若い2人を信頼して任せながら、現場の仕事を通して多くのことを伝えようとしていた。すでに横山さんの血肉となっている技能、技術、知識。こうして、同じ現場で同じ経験をしながら一緒に立ち働く中で、少しずつ若者たちに伝えられていくことが、この仕事場には確かにある。そんな技術や知識の継承スタイルがここで息づいていることにうれしさを覚えるのは、他ならぬ横山さん自身だろう。ーおしまいー(取材・文/萬年とみ子撮影/高原淳)

煙筒の横山-1
煙筒の横山-2
煙筒の横山-3
煙筒の横山-4

話の主は…

煙筒の横山

旭川市忠和3条7丁目3-8

TEL.0166-61-1670

http://entotuya.com

きょうの話は…

雑誌「northern style SLOW」vol.46 winter 2016より

https://www.n-slow.com/books/books-725

※「northern style スロウ」は、2004年に創刊した北海道発の季刊誌です。
大自然の恩恵を受けながら、丁寧に心豊かに暮らしている人々を、これまでにたくさん取材してきました。
できるだけ多くの方々に伝えたくて、少しずつですがWeb Magazineで紹介していきたいと思います。
毎週月曜日に1話ずつ。ぜひお楽しみください。
http://www.n-slow.com/concept

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