2019 Mar
21

辻井養蜂一家の夏-3

「森のはちみつ」は中川町の森から

辻井一家は611月中旬にかけて、中川町の森に巣箱を置き、長年、養蜂業を営んできた。代々続く家は兵庫県豊岡市にある。最初に養蜂業を始めたのは、健一さんの叔父に当たる男性だ。その後、健一さんの父や健一さん自身も養蜂業を営むようになっていくが、中川町との縁をつくったのは健一さんの弟だ。婿養子となり、中川町で暮らすようになって養蜂を始めると、やがて夏の間、健一さんも中川町で仕事をするようになっていく。もう、40年以上にもなるという。

 

春先は豊岡市や淡路島などでヤマザクラやレンゲ、マロニエ(トチ)などの蜜を集め、6月の声を聞くと、蜜蜂の巣箱を大きなトラックに積んで、フェリーで北海道に渡ってくる暮らし。健一さんは、そんな仕事スタイルをすでに40年以上にもわたって続けてきたことになる。

 息子の淳也さんはそんな健一さんの背中を追うように、生まれて間もない頃から付いて歩き、姉とふたり、誰に強制された訳でもないのに、一輪車を操っては父や母の手伝いをするようになっていく。「生まれた瞬間から、すぐ近くに蜂がいたから」。刺されても、蜂が恐いと思ったことは一度もないという。小学校の高学年までは、夏休みの間中、中川町の共和地区で過ごすのが常だった。中学生になると、夏休みになっても、少しずつ中川町に来なくなり、祖父母のいる豊岡の家で養蜂業を手伝いながら過ごすようになっていく。淳也さんがこうして再び、両親と共に働くようになったのは、大学を卒業してからのことだ。「両親がやってきた仕事をここで終わらせる訳にはいかない」。自然にそんな風に考える淳也さんがいたという。

 長い間、共和町にある元教員住宅だったという住居が、夏の住まいだった。「若い頃は遊びたかったけど、今は慣れた。昔は電波も通じないようなところだったけど、今はネットも使えるし」。買い物も含め、今では不便なことは何もないと淳也さんは語る。

「こっち(中川町)の昼と向こう(兵庫県豊岡市)の夜の気温が同じ」。中川町での夏の過ごしやすさは格別だ。空気は澄んでいておいしいし、夜の星空の美しさといったら。車の音がしない静けさも気に入っている。自然環境の良さも含めて、中川町の家は「夏の間の別荘」みたいなもの。秋を迎えると根雪になる前に、辻井家の人は巣箱をトラックに積み、フェリーに乗って豊岡市を目指す。

今年は森の緑がきれいだから、来年は期待できる」。樹木の葉が虫に食われるなどして、森全体が茶色がかって見えることもあり、そんな年の翌年は樹木の花蜜が集まりにくく、養蜂家にとっては少し辛い年になってしまう。「森の恵みをいただいているのが養蜂家」。だから、養蜂業を営む健一さんは、誰よりも森が健康であることを願っている。山ブドウの蔓がシナやキハダの木に巻き付いているのを見つけると、蔓を切って樹木を蔓から解放してやることもあるそうだ。

「森は再生産を繰り返しているから」。毎年春になると、樹木は新たに芽を出し、花を咲かせ、蜜蜂がその花粉や蜜を集めてまわる。蜜蜂の受粉活動は樹木の再生産につながり、豊かな森の循環が生み出されていく。「自然が相手だから、ダメだったとしても、しょうがない」。秋を迎え、通り過ぎた夏を振り返るたび、健一さんはそんな思いを強くする。「(ダメだったとしても)、別にストレスはない。また来年、それもダメなら再来年」と、気持ちを切り替えるだけ。人の手ではどうすることもできない自然が相手の仕事だから、気持ちの切り替えは大切だ。そして、それ以上に大切なことは、森を大切に思う気持ち。

 

今年から辻井一家の転地先の住所が佐久地区に変わっている。町外に移り住む人がいて、家を土地ごと譲り受けたのだという。去年までの共和地区の住宅に比べると、養蜂場所からは少し遠くなってしまったが、通うのにそれほど不便はない。新しい家での暮らしは、とても快適そうだった。

 中川町の森の中で行われている辻井家の養蜂業。蜂蜜の種類(チシマ)アザミに加えて、キハダとシナの3種類。6月頃からキハダの花蜜が採れ始め、アザミ、シナと順に続いていく。「今年はセンもある」。夏の間、それぞれにたくさんの花を付ける中川町の森の樹木たち。昔から養蜂家仲間の間では、「中川町では良い蜜が採れる」と噂されていたとは、健一さんの言葉だ。

 蜜を集めるために、34キロ四方を飛び回る蜜蜂だから、その範囲内に畑などがあると、どうしても散布された農薬などが蜜と一緒に採取されることになってしまう。中でもネオニコチノイド系の農薬が使われていると、蜜蜂の幼虫が育たなくなってしまうから、養蜂家にとっては死活問題でもある。ヨーロッパなどでは、すでに使用を禁止する動きが広がっている農薬の一種だ。でも、深い森が続き、人の住まないこの地域なら心配は要らない。質の高い、しかも口にして安全な蜂蜜がたっぷりと採れる。森の近くにそば畑などがないのもいいらしい。たとえばシナにソバの花の蜜が入ってしまっては、蜂蜜としてのランクが下がってしまう。最近では、ソバアレルギーのことも考えなければならない。奥行きのある中川町の森で採れる蜂蜜だから安心な上、純度が高く、それぞれの花蜜の味や香りを楽しむことができるのだ。

ひとつの巣箱に飼っている蜜蜂の数は5万匹ほど。辻井一家はそんな巣箱を1ヵ所あたり、およそ50箱ずつ置いて夏を過ごす。中川町の森全体で12ヵ所ほどもある養蜂場から生まれてくる「森のはちみつ」。キハダ、アザミ、シナに加えて、センノキの花が咲く当たり年ともなれば、その花蜜が加わることもあるのだろう。「センは年に一回当たればいい。大当たりは10年に一度くらいかな」。「終わってみなければわからない」と話すその夏の成果。蜂蜜の色は花粉の色によるものらしいから、健一さんたちは毎日、採れた蜂蜜の色を見ながら、森に咲いている花の種類を突き止めるのかもしれない。

 中川町の森の営みと共にある辻井一家の養蜂業。森の豊かさ、奥行きがあることでもたらされる豊かな恵み。まるで森のしずくのような蜂蜜をこうして手にできること。3人が働く養蜂場で過ごしたあの夏の日を、これからも「森のはちみつ」を手にするたび、懐かしく思い出すことだろう。ーおしまいー(取材・文/萬年とみ子 写真/高原 淳)

◼️辻井養蜂一家の夏-1
◼️辻井養蜂一家の夏-2
◼️辻井養蜂一家の夏-3

話の主は…

辻井養蜂場

兵庫県豊岡市日高町浅倉248-1


T E L.0796-42-2329

http://tsujii83.com

きょうの話は…

雑誌「northern style SLOW」vol.57 Autumn 2018より

https://www.n-slow.com/books/books-10264

※「northern style スロウ」は、2004年に創刊した北海道発の季刊誌です。
大自然の恩恵を受けながら、丁寧に心豊かに暮らしている人々を、これまでにたくさん取材してきました。
できるだけ多くの方々に伝えたくて、少しずつですがWeb Magazineで紹介していきたいと思います。
毎週月曜日に1話ずつ。ぜひお楽しみください。
http://www.n-slow.com/concept

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