2019 Jan
19

辻井養蜂一家の夏-2

「森のはちみつ」は中川町の森から

しばらくの間、虻にばかり気を取られていたが、落ち着いてよく見ると、蜂の巣箱の周りを飛んでいるのは、ほぼ小さな蜜蜂ばかり。最初のうちは、トラックが置いてある入り口辺りから、遠巻きに全体を眺めていたが、慣れるにつれて、少しずつ、少しずつ、巣箱の近くににじり寄ってみる。どうやら蜜蜂は目の前の仕事に忙しいようで、こちらのことを気にしている様子はまったくない。元々、小さな身体をめいっぱい動かしながら、懸命に働く蜜蜂は大好きだ。

 

淳也さんが巣箱に向けて、シュシュシュッと煙を吹きかけている。その後の動きは流れるような滑らかさ。巣箱の中から1枚ずつ板を取り出しては、軟らかそうな刷毛の付いているローラーの中に滑り込ませ、表面をフワリとなぞっては、板に張り付くようにして仕事をしている蜜蜂を丁寧に払い落とす。何枚も何枚も。巣箱の中にはどうやら、仕切り状の板が全部で10枚近くも入っているようだ。

一箱分が終了すると、今度は健一さんの出番らしい。一輪車を器用に滑らかに操って、蜜蜂を払い落としたばかりの板を乗せ、大きな遠心分離機を操作する百合子さんの近くまで運んでいく。板を受け取ると、今度は百合子さんの仕事が待っている。板を1枚ずつ取り上げては、包丁で蜜蝋をそぎ落とし、板を分離機の中に次々にセットしていく。分離機にかけた板は再び巣箱に戻され、今度は百合子さんが一輪車で敷地の奥へと運んでいく。手が空けば、できる仕事を見つけ、慣れた様子で仕事を先に進めていく。

「ようやく、夏らしい日射しが戻ってきました」。久しぶりに訪れた夏の空を見上げるようにしながら、淳也さんがうれしそうに話す。この夏はずっと、ジメジメと雨の降る日が続いていたから、今日みたいな青空をさぞや首を長くして待っていたのだろう。強い夏の日射しが降り注ぐ中で、家族3人、蜜蜂と一緒になって立ち働く様子を前に、しばらくただただ、黙って見とれるばかり。どこか現実離れした世界に身を委ねた時間は、どこまでも心地良くて、ひたすら愉しかった。

百合子さんの側に行って足元の容器を覗き込むと、そこにはよけられた白い蜜蝋がたくさん入っていた。六角形の小さな巣穴が蜜でいっぱいになると、蜜蜂たちは身体の中から蝋を出し、巣全体に蓋をするようにして塞いでしまう。苦労して集めた蜜を雨から守り、冬に備えてストックしておくためだ。百合子さんはそんな蝋を蜜とは別に取り分けては、容器に入れていく。

不思議に思えたのは、作業をしている3人が3人とも、手袋をしていなかったこと。全員が素手で作業をしている。「蜜蜂に刺されないのだろうか」。そんな疑問に淳也さんが答えてくれる。「手袋をしていると、刺されてもいいやと思うから、作業が雑になってしまう」。相手は生きものだから、雑に扱われれば怒って不機嫌になり、人間を針で刺すこともある。でも、素手で作業することで、指先まで神経が行き届き、動きが細やかになるから、蜜蜂を怒らせることが少なくなる。手に付いた蜜を時折水で洗い落としながら、淳也さんは優しく、繊細な動きを続けていく。

両親を手伝いながら養蜂家として働くようになって、すでに15年以上。そんな淳也さんだが、いろいろな条件が重なると、日に20ヵ所、30ヵ所と刺されることもある。たとえば雨上がりの後。花蜜が雨に流され、蜜を集められない蜜蜂たちはお腹を空かせ、機嫌が悪い。そんな時に、刺されてしまうことがあるというのだ。「でも、慣れてるから」。淳也さんはこともなげに、刺されることは恐くも何ともないのだと話してくれる。良く晴れたこの日の作業を終えた淳也さんは、「今日は1ヵ所も刺されなかったなぁ」と、1日を振り返る。道北の夏らしく、カラリと良く晴れて、植物や木々が気持ち良く、たくさんの「花蜜を吹いてくれた」のだろう。蜜蜂にとっても人間にとっても、とてもいい1日だったようだ。

白い蜂の巣の入った缶の中を覗いていると、健一さんが指先でひとかけらつまみ上げ、小さく割って差し出してくれる。「おいしいから…」。はがしたばかりの小さな欠片を口に入れて噛みしめると、蜜の味と香りが口いっぱいにジュワーッと広がっていく。アザミの花蜜だ。どこまでもフレッシュな蜜の味。「残った部分は嚼んでみて。チューインガムみたいだから」。

健一さんは分離機の下のほうにある蛇口をひねって蜜を容器にあけ、今度はガーゼ状の布で漉しながら、蜜を一斗缶に移していく。漉したばかりの蜂蜜をガラス容器に取り分けると、「どうぞ」と健一さん。蜂蜜の入った容器を手の平で包むと、蜜はほんのり温かい。蜜蜂の体温や夏の太陽の温かさが手の平を通して伝わってくるようだった。目の前の蜜はかすかに緑色がかっていて、太陽にかざすと透き通った蜜の色がとても美しかった。

この時季、中川町の森で採れるのは「アザミ」の花蜜だ。正式には「チシマアザミ」といって、いわゆるアザミのような鋭いトゲのない多年生植物。2〜3メートルの高さにまで育ち、濃いピンクがかった花を次々に付けていく。「40年も前、当時は一面木を伐り出すことがあって、そんな年は1ヘクタールにもわたって、チシマアザミがびっしり育つこともあった」。中川町から少し南に下った浦臼町辺りにまで分布するというチシマアザミだが、その花蜜は健一さんによると「とてもおいしいのに、アザミのイメージが今ひとつ良くない」ところが弱点ということになる。でも、森の中で口にしたアザミの蜂蜜は、うっすらと緑がかっていて、さらりとまろやかで、素朴な味がして、とてもおいしかった。採りたての蜂蜜のフレッシュさや風味の良さは驚くほど。採れたての蜂蜜を森の中で口にできたこと。森の中のアザミの花蜜の味。これから先も中川町の森のことを考えるたび、いつも、あのアザミの蜜の味を思い出すことだろう。ーつづくー(取材・文/萬年とみ子 写真/高原 淳)

◼️辻井養蜂一家の夏-1
◼️辻井養蜂一家の夏-2
◼️辻井養蜂一家の夏-3

話の主は…

辻井養蜂場

兵庫県豊岡市日高町浅倉248-1


T E L.0796-42-2329

http://tsujii83.com

きょうの話は…

雑誌「northern style SLOW」vol.57 Autumn 2018より

https://www.n-slow.com/books/books-10264

※「northern style スロウ」は、2004年に創刊した北海道発の季刊誌です。
大自然の恩恵を受けながら、丁寧に心豊かに暮らしている人々を、これまでにたくさん取材してきました。
できるだけ多くの方々に伝えたくて、少しずつですがWeb Magazineで紹介していきたいと思います。
毎週月曜日に1話ずつ。ぜひお楽しみください。
http://www.n-slow.com/concept

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