2021 Mar
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藤吉夫妻にとっての新天地

大志さんはその日のうちに、栃木県のホストに弟子入りさせてほしいと電話を入れる。答えは「いいよ〜」。今度は奥さんも連れて来なさいという返事だった。勤め人としての最後の1年間、大志さんは自分の後を引き継ぐことになる後輩が困らないようにと、書類整理やマニュアル作成などをしながら過ごす。

夫婦で栃木県のホストの元を訪れるようになり、移り住むことが本決まりになったのは20092月のことだった。それを待っていたかのように、夫婦は子どもを授かる。翌年の1月に出産すると、すでに栃木に引っ越す3月が間近に迫っていた。しかし、家探しが追いつかない。自分で建てたという家を3軒も持っていた師匠からは、「うちに、来なよ」と誘ってもらっていたけれど。

焦る気持ちがつのる中、引っ越す1週間前になって、師匠から「家、見つかったよ」という電話が入る。しかも、家賃は「タダ」。築80年の古民家で部屋数は7部屋。住んでくれるだけでいいとのことだった。

2010年3月からの1年間。藤吉夫妻にとって、夢のような時間が過ぎていく。大志さんは師匠から陶芸を学びながら、家の建て方などを教わる日々。愛さんはパン屋で学んだ腕を活かしながら天然酵母のパンや菓子を焼き、益子の陶器市で売り始める。思い描いていた暮らしが、面白いように現実のものになっていった。

東日本大震災が襲ったのは、藤吉夫妻が移住して、ちょうど1年後のことだ。震度7。原発が爆発したのは2日後のこと。師匠の奥さんから「すぐに逃げなさい」と言われ、親子3人、車に乗り込み、とにかく西へ西へとひたすら車を走らせた。栃木から日本海側へ、その後は三重、山口、そして福岡へ。友人たちを頼りながらの避難だった。「どこをどう走ったか、記憶になくて」。直前に、運良く給油しておいたのが幸いした。静岡を超えた辺りで、やっとガソリンを入れることができたという。

放射性ヨウ素の半減期が過ぎるのを待ち、およそ1ヵ月間を福岡で過ごすと、夫妻は子どもと一緒に栃木に戻る。「最初は甘く見ていた」とは大志さん。放射能のレベルは依然として高く、10002000ベクレルの数値が出ることも。きのこ類やホウレン草などの出荷停止が続き、水さえ危うかった。「自然と共に暮らすほうがリスキーな状態」だったと、当時を振り返る。

それでも、やっと手にした栃木での暮らしを捨てる気にはなれず、夫妻は子どもと一緒に栃木に留まり続ける。陶芸、家を建てる仕事。パンを焼き、焼き菓子を作る。夫婦それぞれに、自分の世界を深め、広げながらも、不安と隣り合わせで過ごしていた数年間。この間、子どもを保育園に預けていなかった愛さんは「自然育児」のサークル仲間と多くの時間を過ごすようになっていた。「信頼できる友だち」。移住者である愛さんにとって、何でも相談できる仲間の存在はありがたかった。

移住して3年後、夫妻は2人目の子どもを授かる。ところが、この頃の藤吉家は、家族全員、体調を大きく崩していた。上の子はしょっちゅう鼻血を出すようになっていたし、健康なはずの大志さんまで二度目の水疱瘡にかかる始末だった。「免疫力が下がっているとかかりやすい」とは、医者の言葉だ。大志さんは焦り始める。「何とかしないと」。「家族の命を守らなければ」。フェリーの予約をする大志さんを見ながらも、愛さんの心は動かない。家族の健康は大切だけれど、せっかく手にできた信頼できる友人たちと別れるのは、同じくらい辛かったからだ。ーつづくー(取材・文/萬年とみ子 撮影/高原 淳)

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話の主は…

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coneruの商品は、スロウのHPでご紹介しています。

https://www.n-slow.com/producer/producer-8134?id=bottom

きょうの話は…

雑誌「northern style SLOW」vol.53 Autumn 2017より

https://www.n-slow.com/books/books-7923

※「northern style スロウ」は、2004年に創刊した北海道発の季刊誌です。
大自然の恩恵を受けながら、丁寧に心豊かに暮らしている人々を、これまでにたくさん取材してきました。
できるだけ多くの方々に伝えたくて、少しずつですがWeb Magazineで紹介していきたいと思います。
毎週月曜日に1話ずつ。ぜひお楽しみください。
http://www.n-slow.com/concept

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