2019 May
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馬具職人 日野純一さん 菜月さん

道具をつくるという、馬との関わり方

長沼町に工房を構える日野純一さんの仕事は、馬に乗るための道具である「馬具」を直すこと。馬に携わる仕事は数あれど、北海道内で馬具を専門に扱っている店は多くない。日野さんは、馬に携わる仕事をしている父親の元で、物心ついたときから馬に乗っていた。身近に馬がいて、その背に乗せてもらう。そのことがあまりにもあたりまえだったから、その後、中学、高校と学年が上がり、本格的に馬術の競技会に出場するようになったことも、本人の中では当然の流れだった。「馬に乗ることに対して、好きとか嫌いとか、考えたことさえなかったんです」。日常生活の中に、馬との触れ合いが自然に組み込まれていた日野さんは、「好きか嫌いかもわからず」、いつしか父親と肩を並べて国体に出場するまでの実力を身に付けていた。

ところが、そんな乗馬が、少しずつ日野さんの心に影を落とすようになる。「練習や競技会ばかりの日々で、それが自分の意志でやっていることなのかどうか、わからなくなることがありました」。乗り手として技術を磨き続けることに、疑問を感じ始めた日野さん。大学生になり、将来の仕事を真剣に考えるようになったとき、競技会の際に見かけた馬具屋のテント販売の光景が蘇ってきた。「競技会場に来ている馬具屋の馬具を見るのが好きだったんです」。馬具づくりの技術は、乗馬をする人がいる限り受け継がれなくてはならないのに、その道を希望する人はほとんどいない。しかし日野さんはその道に興味を持ち、惹かれていた。馬と関わり続けるのに、必ずしも「乗る」という選択をしなくてはならないわけではない。自分なりの馬との関わり方として、日野さんは馬具づくりを自身の仕事とする決意をした。「父親の影響とはいえずっと馬に関わってきたので、それを仕事に活かさないと、今までの経験がムダになるんじゃないかという思いもありました」。

卒業後はまず技術を身に付けるため、馬具屋に就職した。営業として働いたのち、工場の製造現場に入り、具体的な馬具の作り方や修理法などを身に付けた。「30代の前半のうちには独立したいという思いがあったので、必死でしたね」。数年後に自分の店を持つことを明確な目標として思い描いていたから、工場で働いているときも1日1日が勉強。「とにかく、根気で技術を身に付けようと。当時は相当働いていましたね」。

そして2014年、遂に日野さんは自身の店を構えることとなった。ミシンや作業台が置けるスペースのある空き店舗や古い建物を探し、鞣り着いたのが長沼町。初めは、かつての乗馬仲間の繋がりで仕事をもらい、その後は徐々に口コミなどでオーダーを増やしてきた。日野さんの仕事の大きな特徴は、修理やカスタムの要望を、一人ひとりに合わせて細かく対応しているということ。馬文化が盛んなヨーロッパから馬具を輸入する人も多いが、それでは使い手の身体に合わないことがある。日本人や、その相棒となる馬の身体にぴったり合わせるために、たとえ新品であっても調整が必要になることは少なくない。「頼んでくれたお客さんに、この程度の調整なら自分でもできるな、とは絶対に思わせたくない」と日野さん。子どもの頃からの経験で、乗り手の気持ちもよく理解しているだけに、馬具屋としての自分を客目線で眺めては、厳しい目を向けてしまう日野さんがいる。「難しい要望に対しても、何の手も加えずに断ることはしないようにしています」。「ここまでやるの?」という複雑なオーダーも受けるのが日野馬具なのだ。

乗馬をする人にとっての馬具は、馬と自分を繋いでくれる架け橋のような存在。決して安価なものではなく、大切に手入れをしながら何十年と使い込んでいくものだから、使い手の思い入れもその分だけ深くなる。大切な馬具を修理に預ける行為は、客から馬具屋への絶対の信頼がなくては成立しないのだ。たとえば、鞍のシートの張り替えを行うには、パーツをいったんすべてバラバラに解体する必要がある。専門的な技術と経験なくしては決してできない作業。客には信じて任せる以外の道はない。だからこそ、仕上がりに対しての期待感は大きく、作り手にはいつだって大きなプレッシャーが付きまとう。難しくも、やりがいのある仕事。日野さんは、生涯の仕事を見定めた日から、この道をまっすぐに歩き続けてきたのだ。

道具も技術も、時を重ねてこそ美しく、洗練されていく。日野さんの手によって張り替えられた、鈍く光るなめらかな鞍が、それを体現するようにどっしりと工房の中に座っていた。

話の主は…

日野馬具

*現在は、個人オーダーの受付はしていません。

きょうの話は…

雑誌「northern style SLOW」vol.47 early summer 2016より

https://www.n-slow.com/books/books-2612

※「northern style スロウ」は、2004年に創刊した北海道発の季刊誌です。
大自然の恩恵を受けながら、丁寧に心豊かに暮らしている人々を、これまでにたくさん取材してきました。
できるだけ多くの方々に伝えたくて、少しずつですがWeb Magazineで紹介していきたいと思います。
毎週月曜日に1話ずつ。ぜひお楽しみください。
http://www.n-slow.com/concept

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