暮らしと珈琲 みちみち種や-4
「地震や義父に大きく動かされたことは確かですが、結局のところ、ただただ珈琲にひと目惚れしたのだと思う」とは裕子さん。そうだね、とうなずいた哲平さんが続ける。「誰かの暮らしの中のホッとするシーンに、自分の(焙煎した)珈琲があれたらうれしい」。笑みを交わす2人の目に、迷いはなかった。
みちみち種やではWebショップをメインに、自宅の玄関先での量り売りやイベント出展を行っている。焙煎所は自宅の裏にあって、哲平さんはそこで毎日焙煎に没頭しているそうだ。「ずっと焙煎してても楽しいんだそうです」と裕子さんが茶化せば、「同じようにやっても同じように出来上がらないのが面白いんですよねぇ」と哲平さん。心から好きな仕事を通してたくさんの人とつながり、喜んでもらう。そうして少しずつ、この地に馴染んできた2人。さまざまな巡り合わせがあり、たくさんの縁を結び、多くの人たちに助けられて、間もなく開店4周年の節目を迎えようとしている。
店で主に扱うのは6種類の定番ブレンドと季節ごとのストレート豆。それらの味わいは焙煎で決まるのだが、酸味や苦味として数値化するのは、大学で助手として、食物栄養学の授業を受け持っていたという裕子さんの役目だ。哲平さんは「味の説明が感覚的すぎる」のだとか。「お客さんから味を聞かれて、『ちょうどいい味です』って答えるんです。ホトホト困っちゃいました(笑)」。哲平さんにとっては、「お風呂のお湯の温度が一発で決まったときみたいな、ちょうどいい味」。これを裕子さんが表現すると、「苦味や酸味、余韻のバランスがとてもいい珈琲豆」となる。
珈琲を飲んで心地良さを感じてもらえたら、何かが伝わるんじゃないかな
ちなみに哲平さん、焙煎後は必ず試飲することに決めているそうだが、体調などの関係で味覚に自信がなくなると「これ、飲んでもらえますか?」と神妙な顔つきで裕子さんの元に持ってくるのだとか。このエピソードに思わず笑ってしまったが、なるほど、2人の関係性や距離感こそが絶妙に「ちょうどいい」。妙に安心とするというか、受け入れられているような気持ちになれるというか…。珈琲豆の味わいはもちろんのこと、2人の雰囲気もまた、みちみち種やの大きな魅力のひとつだ。
「大げさかもしれないけれど、今、こうしている時間はとっても平和。でも、あたりまえじゃないんです。大切な暮らしが、平和なものであってほしい。珈琲を飲んで心地良さを感じてもらえたら、何かが伝わるんじゃないかな」。店名を考えるとき、真っ先に「暮らし」を持ってきたのはそんな思いがあったから。あくまでも「暮らし」に寄り添う「珈琲」であること。「きっかけ」や「始まり」を提供できる場という意味で「種や」。それから、「私がぎゅっとした(狭い)所が好きなので、『みちみち』」。ふふふ、と茶目っけたっぷりに笑う裕子さん。2人の平和への願いがぎゅ~っと詰まった珈琲豆という意味でも、ぴったりだ。-おしまい-(取材・文/家入明日美 撮影/高原 淳 取材日/2017年10月19日)
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