2019 Mar
21

OK Ranch-1

共に歩んでいくパートナーとして

「馬は道具だ」と、その人は言った。気負いのない笑みを浮かべて、柔らかく瞳を細めながら。石狩市のシルバーランチを訪れたのは、冬も差し迫った月の終わり。ホーストレッキングをはじめとする馬との触れ合いを提供しているシルバーランチは、初夏から続いた営業を終え、拠点としている日高町のオーケーランチへと戻る準備の真っ最中だった。午後になって突然降り出した雨は上がり、丘の上から見渡す日本海はすっかり穏やかな表情を取り戻している。草木にまとわりついた雨粒が、雲の切れ間からほんの少しだけ顔を出した太陽の光に反射して、辺りは淡い金色に色づいていた。迎えてくれたのは、オーケーランチの代表を務める奥川謙さんと、奥川さんの三男でシルバーランチ代表の翔さん。奥川さんが話してくれた、馬と人との在り方に対する思い。それはあのときから数ヵ月を経た今でも、私の中に強く印象づけられている。「馬術をやっている人の多くは、『馬』を知らないままに馬に乗っている」。開口一番の奥川さんの言葉。手綱の握り方、足で送る合図、視線の向き。乗馬クラブなどで教わることは、「どうすれば馬に乗れるか」という技術的な部分が多くを占める。もちろん、馬と深く関わるほどに見えてくるものはあるだろうが、群れで暮らす草食動物であることなど、動物としての本来の性質についてじっくり考えるということはほとんどない。

例えば、「馬の真後ろに立ってはいけない」というお決まりの文句があるが、すべての馬が後ろに立った人を蹴るかというと、そんなことはない。奥川さんは、「蹴るのは、人が恐怖を植え付けてしまったから」だと話す。馬の視野は350度もあるとされ、唯一見えないのは真後ろだけ。草食動物の本能として、見えない場所にいきなり人が来ることに恐怖を感じるのは当然だ。であれば、馬の死角に入らないように近づくなどの配慮が必要になる。小さなことだが、「知っている」だけで馬への接し方は大きく変わってくるし、馬が人を見る目も変わってくるはずだ。「ヨーロッパで、競争馬の足元で小さな子どもが遊んでるのを見たことがあります。馬も平気な顔をしているし、周囲の大人も一切咎めない。これは敵わないなって、しみじみ思いましたね」。馬は気性が荒く、すぐに走るといったイメージを持っている人もいるかもしれない。しかしそれは、知識の乏しさゆえに、人間がそうさせてしまっていることも多いのだ。

確かに乗馬は楽しい。乗れる楽しみを教えてくれる動物は馬だけだ。だからこそ、うまく乗りこなすことだけに終始してしまうのはあまりにももったいないし、つまらない。馬を楽しむという原点に戻って考えれば、馬を知ることが必要不可欠になってくるという奥川さんの言葉にもうなずける。そして、反対に馬に人を理解してもらうこともまた大切なこと。「馬に関わる人は、常に紳士で謙虚であるべき。そして馬と同じ、フラットな目線に立つこと」。それが、奥川さんがブレずに貫いてきた信念だ。

そんな奥川さんだが、「自分が知っていることなんて、ほんの少ししかないよ」と至って気楽に話す。「馬と関わって5年くらいのときは、何でも知ってるって天狗になってた。10年経つと、知らないことがあることに気づいた。15年で、知らないことがたくさんあることに気づいた。それが20年になると、知ってることのほうが少ないことがわかってきた」。

 

子どもの頃から西部劇が大好きだったという奥川さんは、「ストーリーは良くわからなかったから、馬ばっかり見ていた」そう。馬に乗ってみたいという憧れはずっとあったものの、どうにも気後れしてしまい、乗馬クラブに通うことはできなかった。ところが、20代のとき、務めていた会社(馬関連)の敷地内で近所の大学の馬術部が開いている引き馬体験のイベントを見て、「これならできると思った」という奥川さん。インストラクターが馬の綱を引いて歩く引き馬ではなく、馬ごと貸してほしいと半ば強引に頼み込んだ。乗馬の練習をする人の様子を、毎日身近で見ていたからこそ出たセリフだった。「馬に乗ったことないのに、偉そうでしょう(笑)」。こうして初めて馬に乗ってみたものの、馬は一歩も動いてくれない。焦れた奥川さんは「この馬はダメ」と言い張って、別の馬に乗せてもらうことに。「今思うと、とんでもないこと言ったって思うよ」と、苦笑いしきりだ。

その後の出来事はある意味必然だったのかもしれない。2頭目の馬に乗った瞬間、どこからともなく犬が飛び出してきた。驚いた馬はその場で棹立ちになり、奥川さんは芝生の上に放り出されてしまったそうだ。起き上がろうとしたとき、目の前を馬の後ろ足がヒュンと横切った。「もう少し早く起き上がっていたら、死んでいたかもしれない」。固まって動けないでいると、周囲の人たちが慌てて駆け寄ってくる。すっくと立ちあがった奥川さんは、「大丈夫。ありがとう」と言い残し、その足で乗馬クラブの門を叩いたそうだ。

それからも、実に奥川さんらしい紆余曲折があった。「馬を介したら、人は嘘を吐けないんじゃないか」。これまでの体験を通してそんな確信めいた思いを抱くようになった奥川さんが、「馬と直接関われる仕事をしよう」と思い至ったのも自然な流れだったと言える。(取材・文/家入明日美 写真/菅原正嗣)

◼︎OK Ranch-1
◼︎OK Ranch-2

話の主は…

OK Ranch

日高町富川東1丁目997−7

TEL:090-2056-3171

http://ok-ranch.sub.jp

 

きょうの話は…

雑誌「northern style SLOW」vol.47 early summer 2016より

https://www.n-slow.com/books/books-2612

※「northern style スロウ」は、2004年に創刊した北海道発の季刊誌です。
大自然の恩恵を受けながら、丁寧に心豊かに暮らしている人々を、これまでにたくさん取材してきました。
できるだけ多くの方々に伝えたくて、少しずつですがWeb Magazineで紹介していきたいと思います。
毎週月曜日に1話ずつ。ぜひお楽しみください。
http://www.n-slow.com/concept

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